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星霜の蔵  作者: nose360
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第十二話 日光  

日光東照宮。

 徳川家康を祀る霊廟。一六三六年、三代将軍家光によって現在の壮麗な社殿が造営された。

 東照宮は「過剰」の建築だ。柱という柱に彫刻が施され、梁という梁に極彩色の装飾が施されている。聖獣、花鳥、人物、幾何学模様——あらゆる意匠が隙間なく詰め込まれている。

 直人、早川、真琴の三人は、東北新幹線で宇都宮、そこから日光線で東武日光。バスで東照宮の入り口に着いたのは午前九時だった。

 真琴の頬にはまだ疲労の色が残っていた。黒田に拘束されていた二日間の痕跡。だが目は鋭かった。決意の目だ。

「黒田さんもここに来る」真琴が言った。「時間の問題です」

「分かっている。だから今日中に見つける」

 石段を上り、表門をくぐった。左手に三神庫。正面に——陽明門。

 陽明門は、東照宮でもっとも壮麗な門だ。「日暮の門」の異名を持つ。一日眺めていても飽きないと言われるほど、彫刻が密集している。彫刻の数は五百以上。龍、麒麟、獅子、鳳凰、唐獅子、牡丹、鶴、亀——

 直人は門の前で立ち止まり、見上げた。

「五百以上の彫刻。この中に、暗号のパターンが隠されている」

「五百の中からどうやって——」早川が首を反らせた。「全部同じに見えるんすけど」

「同じじゃない。修復士の目で見れば分かる。——一つだけ、他と違う彫刻がある」

「何が違うんすか」

「逆さだ」

 直人は陽明門の柱の一本を指差した。十二本ある柱のうち一本——白い柱に、グリ紋(渦巻き模様)が彫られている。だが一本だけ、模様が逆さになっている。「魔除けの逆柱」。完璧なものは魔を呼ぶという信仰に基づき、意図的に一本だけ逆にしてある。

「これは有名な話だ。だが——もう一つ、あまり知られていない『逆さ』がある」

 直人は門をくぐり、裏側に回った。門の裏面にも彫刻がある。表ほど派手ではないが、精緻な作り。

「ここ。狛犬の一対。口を開けた阿形と、口を閉じた吽形。——だが本来、参拝者から見て右が阿形、左が吽形であるべきなのに、この門では左右が逆になっている」

「それも魔除け?」

「公式にはそう説明されている。だが——」直人は狛犬の台座に手を触れた。「台座に刻印がある」

 台座の側面。直人の指が、小さな記号を探り当てた。丸の中に——菊の花弁。

「菊紋——」

「十六枚。正式な菊紋だ。だが——」直人はルーペを取り出し、刻印を拡大した。「花弁の配置が独特だ。大仏や厳島の菊紋と同じ——二時と八時の方向の花弁だけ、彫りが深い」

「同じパターン——」

「東照宮にも、同じ暗号体系が適用されている。ここが五番目の蔵だ」

 直人は台座の周囲をさらに調べた。菊紋の隣に——数字。漢数字で「七」。

「七。——姫路の石の裏にも『七』があった。七段目。ここでも七が意味を持つ」

「何の七すか」

「分からない。だが——東照宮で『七』に関連するものは何だ」

 真琴が答えた。

「東照宮の主要建造物は、表参道から奥宮まで一直線に配置されています。表門、三神庫、陽明門、唐門、拝殿・本殿、そして奥宮の宝塔。——数えると、表門から宝塔まで七つの建造物」

「七つの建造物の七番目。——奥宮の宝塔」

「家康の墓所です」

 直人は奥宮を見上げた。東照宮の最奥部。拝殿の裏手から石段を二百段以上登った先にある。一般公開されているが、宝塔の内部は非公開。

「宝塔の中に、最後の手がかりがある」


 三人は奥宮に向かった。拝殿の裏手から、杉の巨木に挟まれた石段を登る。段数二〇七。空気が変わった。下界の喧騒が消え、杉の樹冠が空を覆い、薄暗い緑の回廊になった。

 奥宮は静寂の中にあった。小さな拝殿と、その奥に——青銅製の宝塔。家康の墓。

 宝塔は高さ約五メートル。八角形の基壇の上に乗っている。青銅の表面は緑青に覆われ、深い緑色。周囲を石の玉垣が囲んでいる。

 一般の参拝者は、玉垣の外から宝塔を眺めることしかできない。

「宝塔の台座に何かがあるとして——近づけない」

「近づく方法は——」早川が玉垣を見た。「乗り越える?」

「衆人環視の中で?」

 観光客が何人もいる。宝塔の前で写真を撮っている。

「夜に来るしかないか——」

「それは最後の手段だ」直人が言った。「まず、外から見えるものを確認する」

 直人は玉垣の外から、宝塔の台座を観察した。距離は約三メートル。ルーペでは見えない。

「早川。望遠レンズは」

「あるっす。三百ミリ」

 早川が望遠レンズ付きのカメラを構え、宝塔の台座を撮影した。液晶モニターに拡大画像が映る。

 台座の石。正面に——線刻がある。

「何かあるっす。文字——いや、図形。円の中に——」

「撮れ。全面」

 早川が台座の全周を撮影した。正面、左面、背面、右面。四面すべてに線刻がある。

 四面の線刻を並べると——

「地図だ」直人が言った。「四面を展開すると、一枚の地図になる。——これが五枚目の地図断片だ」

「でも台座に刻まれてる。持ち出せない」

「持ち出す必要はない。写真に撮れば十分だ。——だがもう一つ、気になるものがある」

 直人は望遠画像をさらに拡大した。台座の正面、線刻の下に——小さな穴がある。

「穴?」

「錠前のような——。鍵穴だ。何かを差し込む穴」

 穴の直径は——凸レンズと同じくらいに見える。

「レンズだ。あの穴にレンズを差し込む。そうすると——何かが起きる」

「でもレンズは黒田に渡したっすよ」

「同じスペックのレンズを作る。早川、計測データはあるな」

「曲率半径十八ミリ、焦点距離三十二ミリ、直径二十八ミリ。——光学レンズの製作を頼める工房を探す。東京なら、御徒町に光学機器の職人がいるはず」

「頼む。できるだけ早く」


 東京に戻り、早川は御徒町の光学工房に駆け込んだ。事情を話さず、「このスペックの真鍮製凸レンズを作ってくれ」と注文した。特注品。通常は二週間かかるが、割増料金で三日に短縮。

 その三日間、直人は地図断片の解析に集中した。

 手元にあるのは、姫路の金属板(原本は黒田に渡したが、高解像度スキャンがある)と、鎌倉で見つけた二枚目の金属板(原本は直人の手元にある)。

 二枚の地図を重ね合わせた。スキャン画像をモニターに表示し、透過モードで重ねる。

 海岸線の一部が繋がった。だが全体像にはならない。三枚目以降がなければ、宝の場所は特定できない。

「鷺宮さん。奥宮の台座に刻まれた地図の写真を重ねてみたんすけど」早川がモニターを指した。「三枚合わせると——かなり全体が見えてきた」

 三枚の地図断片を重ねた画像。日本列島の一部が浮かび上がっている。関東北部。栃木県。日光——

「日光の中でも、特定の場所を指している。——東照宮の境内ではなく、もっと奥。裏山の——」

「奥日光?」

「いや。もっと近い。東照宮の裏手。宝塔の真裏の山肌に——×印がある」

 三枚の地図の×印が重なる場所。宝塔の背後、山の斜面の中腹。

「まだ二枚足りない。京都と厳島の断片がない。だが三枚だけでも、かなり絞り込める。——宝塔の裏山。あそこに、星霜蔵の入り口がある」

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