デートのなり損ない
「おまたせ」
「ううん、全然待ってないよ」
支度を終えたオレは、建物の入口で待っていたエレナに声をかける。
ただ帰宅するだけなのに、これからデートするみたいな感じだな。
なんかドキドキしそうだ。
「どうして誘ってくれたの?」
「うん?言ったでしょ?もう少しお話ししたいって。
職探しのこととかね。まだアイトくんの話聞けてなかったから」
そう言ってニコッと微笑むエレナ。
心なしか、いつもより距離が近い気がする。二人並んで歩いていると、時折り彼女の髪がオレの腕をかすめる。
「だったらさっき聞いてくれればよかったんじゃ?」
「でもアイトくん、あんまりみんなに話したくなさそうだったじゃん」
「...バレてたのか」
驚いた。どうやら見抜かれていたらしい。
表情に出したつもりはなかったんだが、よく人のことを見ているな。
「だから2人なら話してくれるかなって思ったの」
「あはは、さすがエレナ。戦略的だねー」
確かに、エレナの言う通りだ。
自分の中にある考えを打ち明けようとするとき、グループで集まっている場よりも、2人の場の方が気持ち的に楽だ。
......ん、それとも彼女は『自分になら話してくれる』という意味で言ったのだろうか。
「もう、茶化さないでよ」
「ごめんごめん、別にそんな話すのが嫌!ってわけじゃないから安心して」
オレは小さく笑いながらそう答え、歩きながら顔だけをエレナの方へ向ける。
「――エレナはさ、目指してる職業あるんだったよね?
......なんていうのかな、自分のその...将来に希望は見いだせてる?」
エレナの方も顔をこちらへ向けており、目が合う。
そのままじーっと見続けていると、先に彼女の方が目を逸らした。
「いきなり難しい質問きたな~。そうだね…。
希望って言うと大げさだけど、私は楽しみだよ」
「それはどうして?」
率直に尋ねてみる。
オレが持っていない考えを理解したくて。――納得させてほしくて。
「ん~。いろいろあるけど、 “成長できるから”かな。
毎日の仕事を通じて、たくさん経験させてもらえる」
――出た、成長。
これを口にする人も多かったな...。
でもその成長とやらの先に何があるんだろうか。
どうしてもオレはそう思ってしまう。
成長するってことは、その過程で痛い思いも苦しい思いもたくさんするということ。
それを受け入れるだけの価値があるのか?
まさか成長することそれ自体がゴールってわけでもないだろうに......。
「成長してどうしたいんだ?」
「――え?んー。
……成長すれば組織により貢献できる、とか?」
貢献…?
やっぱり共感はできないな。
組織っていったって、職探しをきっかけにたまたま知っただけに過ぎないものだ。貢献したくなるような思い入れなんて何もないだろう。
不思議な話だ。
もちろん、昔から憧れの企業で!とかその勤め先に恩人がいて…など、パターンはいろいろあれ、何かしら特段の事情を持っている場合は別だ。
身近な例だと、ドリオーなんかはそれにあたるだろう。
近しい人が働く様子を、小さい頃から知っていて手伝ってもいる。その経験から会社愛?とでも呼ぶべき感情が出来上がっていても無理はない。
しかし、少なくともエレナに関してはそういう事情もなかったはず。
「へー、立派な考え方だ。すごいな、エレナは」
「そんなことないと思うよ。他のみんなも同じように考えてるんじゃないかな?」
オレは彼女の考えに対する疑問を全て言葉にして反論することはしない。
むしろ、彼女を尊重するように言葉を選びながら、掘り下げていくことにする。
――なぜか、それはきっと自分で理解しているからだ。
オレが抱いている考えの方が一般的には異端であることを。
オレの方が少数派であることを――。
「そーいうもんかな」
「逆にアイトくんは違うの?社会に出るの、楽しみじゃない?」
「そうだな…。オレは――」
次に繋げる言葉を、口に出すか迷う。
――まぁこれもいい機会か。
せっかくなら、オレの考え方が大衆に理解をされるものかどうか試そう。
ただし、エレナが許容できるラインを超えないよう、様子を見ながら進めよう。
一歩間違えれば『関わっちゃダメなヤバい奴』認定されてしまう。
せっかくここまで築いてきた関係性が台無しだ。
「――オレは正直楽しみじゃないかも。
定年退職的なのがあるのかは知らないけど、この先何十年もずっとその仕事に縛られるって考えると…ちょっとしんどいなかなぁって」
「ふーん」
重たい空気にはしたくないので、なるべく表情と言い方が硬くなりすぎないように意識して伝えてみる。
エレナの表情は……言っていることを理解はしているが腑には落ちていない、といったところだろうか。
まだ踏み込んでも大丈夫そうだな。
「なんかすごくネガティブ思考だね~。もっと物事の良い面に目を向けてこうよ!」
「それができるならオレもそうしたいな、マジで」
「あ、分かった!アイトくん早起きするのが嫌なんでしょ~?」
「はは、それもすごく嫌だけどね......」
「まあさすがに今のは冗談だけどさ――」
エレナは微笑を含んでそう付け加えると、少しだけ真剣な顔つきになり、
「......でも、誰かの役に立ってこそ自分の存在意義って感じられるでしょ?その存在意義を証明するためのわかりやすい手段が仕事だと思うんだよね」
「なるほど...」
自分の存在意義、か。
ここにきて、やっと納得はできそうな回答がきた。そう思ってしまった。
今まであまりイメージできなかったが、いわゆる“やりがい”ってのは、自分が役に立つことで得られるものなのだろうか。
――確かに、彼女の言ってることは正しい気もする。
でも、なんだろう。
まだスッキリはしない。この意見に納得したところで別に『よっしゃこれからの将来楽しみだぜ!』とはならない。
「逆にさ、エレナは思わないのか?
この先何十年もずっとその仕事をやり続ける、同じような毎日を送り続ける――。
そんな現実に嫌気はささない?」
エレナが一瞬だけ眉をひそめる。
「――うん。思わないよ。
あのね、そもそも同じ仕事って言っても、毎日同じことしてるわけじゃないんだしさ」
エレナは少し考える素振りを見せた後、「それに」と続け、
「もし嫌になったらさ、その仕事辞めてまた別の職に就けばいいんじゃない?」
......まあ、予想通りの指摘だ。当然その発想に行き着くよな…。
しかし、キャリアチェンジすれば無問題という話でもない、とオレは思ってる。
そもそも、具体的な作業の流れが毎日同じで嫌だと言っているわけじゃない。もっと手前の部分、社会人になるということ自体が受け入れ難いのだ。
もちろん勤め先でやりたいことができているのならいい。毎日仕事が楽しくできているのならいい。
それなら何も問題はない。
――だが多くの人間はそうじゃないだろう?
変化のない日常を何十年も過ごし、解放された時にはもうおじいちゃん。さあ人生を楽しんでくださいといわれても、もう楽しむ体力すら残ってないだろう。
つまり、仕事を変えたところで根本からの解決にはならない。その時直面している人間関係の悩みやストレスからの一時的な回避、応急措置でしかない。
当然こんなことを誰かに話すこともまた、何の解決にもならないかもしれないが。
「オレの中でもまだぼんやりとしててうまく言葉にはできないけどさ、多分それでも解決はしないと思うんだよねー。
いくら職を変えても、この先何年も組織の駒として奴隷のように命を削っていくのは変わらない。
――バカみたいじゃん」
「――――」
その言葉が出た瞬間、エレナの表情が一瞬だけピリついたのが見て取れた。
そろそろマズイか……ここら辺にしておこう。
これ以上は感情的になられてしまう。
「それは…捻くれすぎてない?
だったらこの世のたくさんの人たちは奴隷って言いたいの?多くの人が働いてくれてるおかげで世界は回ってるのも事実だよね?
てか、さっきアイトくんは縛られるのが嫌、とか奴隷だとか言ってたけどさ、むしろ社会に出るってことは自由が手に入ることだよ」
「は?」
「だってさ、学校とか行かなくてもいいし、親に制限されたりもしないじゃん?
働いた分自分で好きにお金を使えるし、欲しい物は買い放題!
――ほら、自由でしょ?」
・・・・・・
自由か…君にはそう見えているのか。
ああ、そうだ。
自由...オレが欲しいのは自由。
けどそれはオレが求めている自由じゃない。偽物、紛い物、幻覚。
自由に見えているだけに過ぎないものだ。
そんなものはいらない。
彼女が見ている景色とオレが見ている景色、どちらが正しいのかは知らない。
ただ、オレとは見えている側面が違いすぎる。それだけ。
でも…なんとなく分かる。社会から求められているのは、オレの景色じゃない。
――そんな考えが過るが、ひとまずは目を瞑る。
とにもかくにもこれ以上は話しても意味がない。
反論は胸にしまっておくとしよう。
「――ああ。確かに、そうだね......オレもそう思う」
「うんうん!
そうだ、結局アイトくんは宿題なんて書いたの?まだ聞いてな~い」
…………正直少し躊躇ってしまう。どう答えようか言葉を探していると、
「おーい!」
少し離れたところから声がかけられた。
声の主は小走りでこちらに近づいてくる。
「2人一緒だったのか、邪魔したな。
今少しいいか?」
「カイドくんじゃ~ん!」
「問題ないぞ。どうした?」
――カイド。
物腰柔らかい落ち着いた印象の青年。
先ほどの講義には一緒に参加していなかった、この村のもう一人の友人だ。
「いや、それが俺の仕事の関係で予定が少しズレてな。急だけどもうこの後出発することになったんだ。
だから最後に皆に挨拶しとこうと思ってな」
カイドはオレたちより少し年上。オレがミリナ村に来た時には既に仕事が決まっており、あの場にいないのは当然。
一足早く社会人デビューということだ。
「そうなんだ~、大変だね。
もう少し時間あると思ってたけど……」
「他のみんなには会えたか?」
「ああ。ドリオーとタイゼンとリセはな。3人一緒にいたからさっき話してきた。
で、今二人にも会えたし、あとはレンだけだ」
「そうか、それはよかった。
わざわざ来てもらってすまんな」
「大したことじゃないさ」
――なんだろう、変な感覚だな。
オレはカイドが今来てくれたことに安心感のようなものを感じている。
緊張の弛緩、とでもいうべきか。
女の子と2人っきりだという緊張に対してではない…。
......まさか。
オレはエレナとの2人の時間を――――?
よりによって……そんなわけが、ない。
「とうとうお別れか~」
「寂しくなるな」
「本当に思ってるかぁ?アイト」
からかうようにそう返された。
確かに、カイドの指摘はごもっともだ。
職探しの活動のタイミングが異なるというのもあり、どうしてもカイドとは他のメンバーよりは会う頻度が低くなってしまう。
となると、必然と親交を深めるのも難しくなるからだ。
しかし、寂しいというのは嘘ではない。
たとえドリオーたちほど関わりが多くなかったとしても、オレにとっては数少ない友人関係の一人。お別れは残念だ。
なので、
「思ってるって」
ちゃんと断りを入れておく。
「それにさ、二人ともデュムールで仕事探すんだろ?
だったら遠くないうちにまた会える」
「うん、私はそのつもりだよ!
私たちもそっち行ったら連絡するね~」
「ま、うん…多分」
オレも小声でボソッと合わせておく。
「あ、でもドリオーくんはこっちに残るっぽかったね」
「そういえば、家の仕事継ぐ、みたいなことさっき会ったとき言ってたな。
仕方ない、たまに俺たちから会いに来てやるか」
「そうだねっ!」
「......うん。
てかカイド、デュムールにはもう行ったのか?」
「住居を決めるときに1回だけな、ほんとにすごかったぞ。
――圧巻だった。あんな光景はなかなか見られないと思う」
「そんなにか。カイドがここまで言うとは」
なかなか興味が湧いてくるな。
「えー、いいな~。私も早く社会人になって行きた~い」
「お前らの楽しみを奪わないようにあえて詳細は伏せておいてあげよう」
「街の案内はお願いね」
「もちろんだ。任せておけ」
「大きな都市なんだろ?オレたちが行くまでの間に把握しきれてないんじゃないか?」
「それは否定できないな」
口元をゆるませ、そう答えるカイド。
それからオレたちは軽く言葉を交わした後、
「それじゃ、そろそろ行くわ。
先にデュムールで待ってるな。また遠くないうちに会おう」
「うん、元気でね」
「じゃあな、頑張れよ」
「おう」
オレとエレナは手を振り、カイドを見送る。
そして、また2人きりの時間が戻ってくる。
「じゃあオレたちも行くか」
「そうだね」
結局オレは彼女の問いには答えないまま、空気を埋めるための形式的な会話だけをして帰った。
――――気づけば、綺麗な茶髪はもうオレの腕にはかすりもしない。




