他称『生ける伝説』
「君たち、無事かい――!」
その余韻に、別の声が挟まれる――。
低いがよく通る声。
複数の足音。
重装の音と、軽い靴の音がまざって聞こえてくる。
顔を上げると、先の武装集団がこちらに向かってきていた。
「…………」
先頭に立つのは、先ほどの大魔法を行使した深紅の鎧の男。
彼の紅い鎧には、傷一つ、汚れ一つついていない。
まるで今宵の一戦を戦ったとは思えないほど、静かに月光を返している。
誰よりも存在感を放っていて――近づくことすらためらわせるほどだ。
そしてその後ろに続くのは、白っぽい鎧を来た兵士数名と、武装はしていない男女2人。
2人とも、どこか学校の制服を思わせる品位あるフォーマルな装いだが、並べて見るとデザインはわずかに違いがある。
共通しているのは、どちらにも同じ紋章が刺繍されている点だ。
1人は若い女性。
腰くらいまで伸びた長い黒髪で、その毛先だけが瑠璃色に彩られているのが印象的だ。
赤と黒を基調とした腰丈のロープ、ひざ丈のスカートに黒いタイツ。
背筋を伸ばし、全身が一本の線のようにきっちりと整えられ、真面目さと堅さがそのまま形になっていた。
彼女の視線がオレたちをなぞり、訝しげな目で見つめながら歩いてきている。
もう1人はオレと同じくらいの年齢か、少し年上に見える銀髪の男。
ひざ下まで届く濃紺のロングコートを前開きで羽織っている。
髪色以外には際立つ特徴はなく、よく言えば整っているが、悪く言えば印象に残らない。
その無表情さは、こっちはこっちで別の種類のお堅い空気をまとっていた。
その後ろに、数名の兵士が続いている。
そして3人はオレたちの前まで来ると――、
「…っ!痛ましい姿ね。少し動かないで」
黒髪の女性はルピナスの傍に膝をつき、静かに両手をかざす。
淡い光が彼女の首元を包み、人型妙獣につけられた痕がだんだんと薄くなっていく――。
「ごほっごほっ…。……ありがとう…」
弱々しかったルピナスの声も、徐々に元の声へと回復していった。
「……すごっ」
また初めて見る魔法。
これまで魔法なんて一度も見たことがなかったし、存在も知らなかった。
魔法だけじゃない、ドリオーや兵士が使っていた技もだ。
なのに今日だけで、当然のようにそれら不思議な力を使う者が何人も現れた……。
さすがに戸惑いが隠せない。
「とりあえず君たちだけでも救えてよかった……とは言い難い状況ではあるな。
来るのが遅すぎたか......」
頭部の装甲に手をかけ取り外しながら、そう声をかけてきたのは赤鎧の男だ。
声と見た目からして、年齢は多分30代か40代くらい。
赤髪に、ところどころ茶色が混じっている。
派手な格好こそしているが、思ったより普通。
そんな第一印象だった。
「我はヴィクトリーノ・ゼノス。……村を救えなくて、本当にすまない」
「あぁ…やっぱりあなたが。あの強さだもんね……うん。
さっき上から見てた時は全然気づかなかったけど……」
赤鎧の男――ヴィクトリーノの自己紹介に、どこか納得した表情を見せたルピナス。
「有名な人?」
「――え? 知らないの…? 有名どころじゃないよ。名前を知らない人なんていないんじゃないのってくらい。
実際に会うのはルピナも初めてだけどさ…」
「ほぉ……」
「聞いたことない? ――『生ける伝説』――。その語り継がれる英雄譚とか…」
「伝説……? あ、そいえば」
今日の講義の前に、みんなと話していた時のことをオレは思い出した。
タイゼンが崇拝していたあの『伝説』のことか…!?
そんな偶然が起こるとは……。
「っはは、目の前でそんなことを話されると小恥ずかしいな」
自嘲気味に苦笑いを浮かべるヴィクトリーノ。
「……君、本当にヴィクトリーノを…我のことは知らないのか?」
ヴィクトリーノは少し眉を上げ、そうオレに問いかけてきた。
嫌味や驕りなどではなく、ただ純粋に驚いているような反応で、こちらを見つめる。
「す、すいません...世間のこといろいろ疎くて...」
「あ、いや違うんだ…。
なんていうか……むしろ少し嬉しいくらいでね」
男は片手を軽く上げ、「すまない」と声のトーンを一段落とした。
「伝説なんて肩書き、正直自分には荷が重くてね」
「まあ…いろいろ大変そうですもんね」
もしかすると、ヴィクトリーノは久しぶりに自分を知らない人間に出会い、どこか気持ちが軽くなったように感じたのかもしれない。
伝説。英雄。世界でも知らぬ者はいない……か。
こういっちゃなんだが、あんまりそういう雰囲気には見えない。
伝説なんて言葉を乗せるにしては、なんか人間的だ。
どちらかというと、近所の祭りをお酒片手に楽しんでそうな、気のいいおっさんというかお兄さんというか…。
まあ意外と、こういうオーラない人がめちゃ強かったりするもんな。
「君たちの名前も聞いてもいいかな?」
「――ルピナス・シレアって言います。
助けに来たつもりがル…わたしも助けられる側になっちゃった」
「……シラツキ・アイトです。
本当にありがとうございました…この恩は…」
「そう改まらないでくれ。
…それに、胸を張って『助けた』なんて言えない結果だ」
そう答えて振り返り、彼は荒れ果てた姿になった村を見渡す。
崩れた家々、焦げた地面、動かない影――。
「助けられなかった......」と呟く声には、悔恨が込められていた。
誰も言葉を発さず、空気が張りつめる。
その沈黙を断ち切るように、声が割り込んだ。
「流れ的に、一応名乗っておくわ。
私はナタリア。見ての通り総学院の教員よ」
「トラノです。僕は学院で研究徒をしています」
やっぱり学校の制服に近かったのか。
「研究のための調査でこの辺に来ていたのだけれど...まさかこんな状況に遭遇するとは思わなかったわ」
「そうですね」
「ところで、先ほど葬ったあの三面の大型妙獣は...?」
「たしか指定妙獣にも登録されている個体でしたよね」
「――ええ。あれは三貌花で間違いないわ。
彼の言う通り、特別指定妙獣にも登録されている大型妙獣よ」
淡々と教科書的に説明するナタリア。
そんな指名手配みたいなことされるほど、格の違う存在だったらしい。
あの三つ顔植物は。
「あれは多分私たちだけでは相手できなかった…。
ヴィクトリーノさんがいなければ、終わっていたわね」
「はい…」
「もう一体の方…あの怪人の方は…?」
話の流れを遮らぬよう注意しつつ、オレはさりげなく問いかけてみた。
ナタリアは考え込むように間をおいて、
「ヴィクトリーノさんに気づくなりすぐに逃げてった人型妙獣ね――。
…そっちについては私も情報がないの。トラノくんは何か知ってる?」
「いえ、僕も見たことありませんね」
「そう…。帰ったらちゃんと調べておかないといけないわね」
そして一通り話が落ち着いてきた頃、少し離れたところから兵士がこちらに近づいてきた。
「ヴィクトリーノさん!村全域の状況確認、完了しました」
「――分かった。なら出発の準備に取り掛かってくれ」
「了解しました!」
報告を受けると、ヴィクトリーノはオレたちを見る。
「……この村は、もう人が暮らせる状態ではない。
もし行く当てがなければ、我々の国――セントラディアまで一緒に乗っていくといい。
道中の身の安全は保障しよう」
「……ルピナはセントラディアに行くつもりだったから同乗させてもらうけど、どうする?」
ルピナスがオレを見る。
彼の言う通り、行く当ては当然ない。
断る理由など...特にない。
ご厚意に甘えさせていただこう。
これからをどうするかは、着いてから考えよう……。
「……オレも、そうさせてもらおうかな」
「うん、よかった」
「――ヴィクトリーノさん、オレもお願いします」
「もちろんだ。ここから少し行った所に馬車を停めてある。向かおう」
ヴィクトリーノはそう言って頷き、歩き出す。
その赤鎧の背を追うように、オレたちも後に続いた――。
…………
「関係ないのだけど、少しいいかしら?」
「へ?」
道中、タイミングを窺うように、ナタリアがルピナスに声をかけた。
そしてルピナスの手にしている魔杖をちらっと一瞥すると、
「さっきから思っていたのだけれど…趣味が悪いわね、あなた。
ここに来た時、最初どっちが敵か迷ったくらいよ。」
「は……はぁ!?」
冗談とも皮肉ともとれる調子で、そう言い放った。
いきなり毒を吐かれるなんて思っていなかったのか、間の抜けた顔を見せるルピナス。
「ル、ルピナのこの魔杖をバカにしたなぁ、今!?」
「バカにしているつもりはないわ。趣味が悪いと言ってるのよ。
杖に限らずだけれど…」
お気に入りの杖を悪く言われ、ルピナスは不服そうに言い返す。
オレはこの杖、けっこう良いデザインだと思うんだけどな…。
「アンタ助けてくれたのは感謝だけど、それとこれとは別!!
ルピナの《奈落に沈みし終焉の宝杖 理から逸脱せし闇の媒介者 ダラダラ》を侮辱するのは許さねぇぞ女!」
「…?それの名前なの……?」
愛杖に名前も付けていたのか。……というか、あなたも女でしょ。
「……訂正。たった今バカにもし始めたわ」
「なんでだよ‼」
呆れるようにため息をつくナタリア。
オレはそんな2人の様子を後ろから眺める。
――こんな感じで、向かっている間は不思議なくらい落ち着いた雰囲気が続いていた。
村は壊滅。
友人ら含め、死傷者も大量に出た。
回収されることすら叶わない命もたくさんあるはず。
そんな地獄みたいな状況下で、世界はもう前を向いているというのか...。
それを悪いと言いたいわけではない。
妙獣なんて化け物が存在する世界だ。
彼らはこういう現場を、何度も超えて来たのかもしれない。
けれど、オレはまだその場で立ち止まっている感覚だ。
この雰囲気になかなか追いつけず、胸の奥がざわつく。
―――それに。
それよりももっと気持ち悪い何かを、今自分の中に感じている。
オレもオレで――――――




