灯
「……っ、は……」
右手で頭部を首から引き離し、左手で両脚を腰からもぎ取った――。
肉体の連なりを失ったドリオーの胴体だけが、力を失ったように地面に落ちる。
彼の声は――もうしない。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
そして、右手に持った頭部を――――投げた。
それは放棄というより、投擲。
遥か彼方へ投げられたそれは、弧を描き、やがて視界の外へ消えていく――。
「――――」
現実が、飲み込めない。
目の前で見せつけられた行為を、どう処理すればいいか、分からないまま。
その場から動けずに立ち尽くすオレなど気にも留めず、妙人の理性を欠いた悍ましい行動は、まだ終わらない。
左手で掴んでいたドリオーの両足を、空いた右手も使い今度は両手で持ち直す。
「何をするつもりだ」そう思った瞬間――異形の怪人はそのまま、自身の鈍器のような身体を回し始めた。
まるで重さなど感じていないように、腕を振り回し、勢いをつけていく。
競技じみたその動きは、ハンマー投げを彷彿とさせるものだった。
握られた両脚が円を描く度、辺りにはドリオーの脚から血が飛び散る。
くるり、くるりと。徐々に速度も上がっていく。
そして、遠心力が最大に達した時――――
「うおおおおおおおおおお!!!!!」
叫びとともに、それも投げ放った。
空を舞う脚はあっという間に小さくなっていき、どこまで飛んでいくのか、目で追うことすら難しい。
そして頭部と同様、遥か遠くへと消えていった――。
「……っ…」
――もう、届かない。
すべてが手遅れ。
妙人はこの始終になんら感慨も示さない。
ただ軽く投げただけ、という様相で再び視線をルピナスらの方へ向けた。
「――――」
何度も何度も自分の無力さを叩きつけられる。
もう一度、首から下げた結晶に手を当ててみるも、都合よく奇跡が訪れることはない。
オレの中で、何かが音を立てて崩れていく――。
自分という人間が、壊れていくような感覚。
「――ごめんっ」
何をすべきか分からない。
でも何を考えるより先に足が動いていた。
唯一の友に背を向け、走り出す先は魔法使いの少女――ルピナスのもとへ。
理由なんて考えていない。
助けを求めたかったのか、ただ逃げ出したかったのか、
……独りになるのが嫌なだけだったのか。
背後からヤツが追ってきているか、それを確かめる余裕はないから振り向かない。
ただ今は、己の足音だけに意識を向ける。
――だが、気づけば重く邪悪な気配は、オレのすぐ背後にあった。
後ろから乱暴に頭を掴まれ、視界が強引に回転。
景色が横滑りした直後、腹に重く鈍い衝撃が叩き込まれた――。
「……ぐぉはっ…!」
肺の中の空気が一気に吐き出され、声にならない音だけが喉から漏れる。
息が…吸えない。
オレはみぞおちを押さえたまま、その場で膝が折れる。
視界が低くなる。
地面がやけに近い。
もう抵抗も遁走も、何もできない。
けれど、怪人はそれ以上こちらを見ない――。
用済みだと言わんばかりに視線を逸らし、少し離れたところで今も攻防を繰り広げる、魔法使いの少女の方へと身体を向けた。
地面にうずくまるオレなど、最初から眼中にない存在なのだから。
苦しさに沈む意識の縁。
咳き込む音の中に、はっきり“声”が混じった――。
詠唱だ。
少女の声が風をくぐって届いてきた。
自信を持った迷いのない声。
そろそろ詠唱は終わりかけのころだ。
伏せていた視線を上げると、ルピナスが今にも大魔法を撃ち込もうとする姿が見えた。
彼女の周囲に渦巻く炎、やがてそれは集束し、巨大な竜の輪郭を形作っていく。
「やってくれ…!」心の中で、オレはそう声を飛ばし願った。
一瞬の静寂のあと、ルピナスが杖を振り下ろす――。
そして解き放たれた炎の竜は、三つ顔の植物妙獣、その中の泣きっ面へとまっすぐに突進して襲いかかった。
「……ぁ」
空気が悲鳴を上げ、地が震え、熱風が頬を叩く。
炎竜が大型妙獣を焼き喰らい、灼熱の地獄へと還す、その瞬間―――――オレのすぐ隣にいたはずの鈍器人間が、軌道上に割り込んでいた。
――激突してくる炎竜に対し、妙人は躊躇なく拳を振るう。
防ぐでも避けるでもなく、ただ殴りつけるように。
――空気と光が弾け、轟音が爆ぜる。
殴られた衝撃で竜の形を成していた炎の塊は押し潰され、大きく歪んだ。
純粋な力だけで魔法を殴り壊すという妙業。
決定打になるはずだった炎のドラゴンは、拳一撃で砕け、空に散ったのだった。
「……え…」
ルピナスの呆気にとられたような声が聞こえる。
静まり返った空気と、理解の追いつかない沈黙。
そこに、
「この殺戮者がああああああああああ!!!!!」
剥き出しの憤怒が投げられた。
まばたき一つ分の空白の後、妙人はルピナスとの距離を一気に詰め、彼女の首を掴んで力任せに引き寄せる。
抵抗も、回避も許されない速さ。
動きを目で追うことができなかった。
「アナタ許しませんよおおおおおおおおおお!!!」
「……ぅ…っ……」
「よくもジブンのサンボちゃんをおおおおおおおおおお!!!」
華奢な体はまるで布切れのように持ち上げられる。
顔を歪ませ激しく身をよじるルピナスを意にも留めず、妙人は首を掴んだまま、前方へと押し滑り込むように跳躍。
視界が追い付くより前に、少女の身体は石壁に強く叩きつけられていた。
「……がぁっ……! 」
空気が潰れるような音。
声にならない悲鳴が洩れ、壁面には蜘蛛の巣のような亀裂が走る。
ルピナスは震える指で、自分の首を絞める腕に爪を食い込ませるも、抵抗とは呼べぬほど弱々しい。
それを受け妙人はさらに腕を押し付け、少女の身体は壁にすり潰されるように持ちあげられる。
足先は宙を彷徨い、地面を探すように伸びる。だが、立てる場所はない。
魔法も、声も、呼吸すら奪われた状態だ。
「アナタにはあああああ!!!
人間の情というものがないのかああああああああああ!!!!!」
「ぐっぅ……!」
異形の激昂は収まるどころか勢いを増し、握った拳を躊躇なくルピナスへと叩き込んだ――。
柔らかな腹部に直撃した強烈な一撃。
背中がくの字に折れ曲がり、鈍い息が漏れる。
――まだ終わらない。
少女の命を奪い切るための暴力は、まだ執拗に続く。
腕を引き戻し、拳を握りなおす。
金属がきしむ音が近距離で聞こえるほど、殺すための力がそこに籠められていく。
「己の行いを省みろおおおおおこの外道がああああああああああ!!!」
腕を振りかぶり、今度はルピナスの顔面を砕こうと構える。
そして、その鉄拳が落とされる寸前――
「――そこらで終わりにしてもらおうか!」
――――地の底の闇に、真っ赤な声が差し込んだ。




