残っていた再会
「――ド、リオー…?」
ピゴラスの背後、完全に死角の位置から現れたのは、ひときわ目を引く向日葵色の髪の男。
だが記憶の中にある彼とは違い、今の姿からはもうハツラツとした印象は微塵も感じられない。
衣服は裂け、肌は傷だらけ、背筋はわずかに折れている。
血と煤が入り混じった痛々しい姿は、見るからに消耗しきっっているのが分かった。
青年はオレのほうを見ることはなく、視線は眼前の獣に向けられていた。
その片手に握られた武器に気づいて、オレは遅れて息を呑む。
少し前までオレが持ち歩いていた、あの斧だった。
「うぅりゃぁぁああ!」
雄たけびとともに踏み込んだドリオー、それに反応するように彼の周囲だけ空気が不自然に揺らいでいる――。
熱でも風でもない、目の錯覚かと思うほどの空間のぶれ。
伐採のときにも披露された、あの技だ。
そして柄を握った両腕を持ち上げ、そのまま勢いを乗せ、妙獣の背後から大きく振り下ろした――――。
骨と肉をまとめて打ち砕く嫌な音が響く。
刃は脳天かち深く食い込み、悲鳴が上がるより先に亡骸となったピゴラスは、その場に崩れ落ちた。
「……っ…」
「っぶなかったぜぇぇぇ」
全身の力が抜け、ドリオーもずっしりと背中から地面に倒れ込んでしまう。
力を使い果たして、身体を支える余裕も残っていないようだった。
あの常人の域を超える技をまた使ったのだ。体力の消耗が激しいんだと言っていたはず、無理もない。
「ドリオー…なんで……」
聞きたいことがたくさん浮かんできて、後の言葉が詰まってしまう。
なんでここにいるのか。
いつから潜んでたのか。
なんでその斧を持ってるのか。
ボロボロの身体のこと。どうしてそんな状態なのに助けに出てきてくれたのか。
……他にも、たくさん。
「ははッ!それは俺のセリフだぜぇ、アイト!」
「え?」
「――お前さっき魔法使ってただろ!!」
いつからそんな隠し技持ってたんだよ!」
息を切らしながらも、からりと笑うドリオーは、きっと無理をしていつものように振舞おうとしてくれているんだろう。
「別に隠し持ってたとかじゃないんだけど…なんていうか、説明が難しいな。
そこ見られちゃってたんだな…もしかして結構前から潜んでた?」
「いや、来て間もなかったくらいだな」
「......カッコイイな、あの化け物に迷わず立ち向かっていって」
自嘲気味に苦笑を浮かべながら、オレはそう答えてみた。
「いやぁ? そんなことねぇよ。正直迷った。マジでビビってたぜぇ。
なんかすげぇ音がする、ってこっちに走ってきたら、お前が妙獣何匹かに襲われかけてるんだぜ!?
心臓止まりかけたわ」
「……ああ、オレも本気で死ぬと思った…」
「さすがに全部を殺れる自信はなかったし、だからっつってこのままだと目の前でアイトが食われちまうって……はぁ、なっさけねぇな俺。
友達が死にそうって状況で迷ってる場合じゃねぇのにな…」
ドリオーは自らを責めるように、そう呟いた。
何を言っているのか。
情けないなんて、そんなことあるわけがない。
これが情けないと言われるなら、オレなんてもう救いようのない罪人レベルではないか。
「でも結局助けてくれたじゃん、ありがとう。
てかよく倒せた……うんん、よくここまで無事だったな…そんな状態で」
傷だらけの全身を改めて見渡し、オレは痛々しさに目を細めた。
よくこの状態で平気そうに喋っていられるな、と思わせられる。
実際は平気ではないのだろうが。
「アイツらへの対処の仕方はちょっとはわきまえてるつもりだからな。なんとか俺は生き残れたぜ」
「対処…?」
「あぁ! あの妙獣の狙いは頭だ。分かりやすくそこ狙ってきやがるから、そこに注意すればうまいことやれる。
って、これは親父の受け売りだけどなっ」
「そいえば……」
オレは初めてピゴラスを見た時のこと――タイゼンが喰われたときの様子を思い返した。
言われてみれば確かにあの時…いやタイゼンだけではない。
トルナおばさんも、他の犠牲になった人も、みんな変な殺され方をしていた。
「ま、こんな姿じゃ説得力ねぇか」
傷口を押さえながら、ドリオーはそう付け加えた。
破いた衣服で止血こそしているが、それも既に赤く染まりきっている。
「斧は?どこで拾ってきたの?」
「あー、これか?
俺籠を取りにトバ食亭に行った後さ、お前らの所に一回戻ったんだよ。村の様子がおかしいって怖くなってな。
そしたら2人ともいなくなってて、急いでまた村に帰ろうとしたら、その道中にこれが落ちてた。アイトが落としたんだよな?」
「――うん。その後は…?その後はどこに行った?」
「2人は俺を探しに来てすれ違ったんだと思って…トバ食亭に」
「じゃあ……」
「タイゼンのことだろ?――知ってるよ。見た」
思っていたよりも、落ち着いた声だった。
「うん...そう。でもタイゼンだけじゃなかった。他の皆も... もう遅かった。
リセはさっきまで一緒にいた。けど......」
「そっか......」
「......まあ、そうだよな...流石に」
意外にも、彼はそこまで動揺した様子は見せなかった。
ここに来るまでに目にしてきた村の惨状から、内心察してはいたのかもしれない。
「……って、そうじゃなくて魔法のことだよ、魔法。
あれなんだったんだよ」
重たくなってきた話題から目を逸らすように、話を元に戻したドリオー。
「あー。さっきも言ったけど、隠してたとかじゃないよ。
なんていうのかな、オレの力ではない…みたいな」
「ふーん…。俺はてっきり、アイトは実は名家の血を引く子で素姓を隠して村に身を置いてる…みたいなことだったんじゃないか!
って勝手に想像してたわ。だから魔法も使えるんだ!ってな。
ここら辺じゃ見ない格好だし、お前よく見ると容姿もそれなりに整ってるしな」
「全然そんなのじゃないよ。
――これ。正直オレもまだ混乱してて追いついてないけど、多分これのおかげ」
そう言って、オレは首から下げたペンダントをドリオーに見せた。
「――んん?」
微妙に納得いってなさそうな様子なので、オレは自分たちの後方を指差し補足の説明をすることに。
「今あっちででっかい妙獣と戦ってる女の子いるでしょ?あの子から預かってるものなんだよ、これ」
「あれって…!魔法使いか!……初めて見たぜ。
なるほどそういうことか」
納得してくれたっぽいドリオーを横目に、
「――あ!そうだった!」
「どうした?」
オレは少女と三つ顔植物の死闘を見て、元々やろうとしていたことを思い出した。
「――ドリオーはここにいて」
そう言い残し、オレは彼女に声を届けられそうな距離まで、急ぎ足で前に出る。
大きくお腹に息を吸い込み――
「ルピナスさーん!——そいつの表情を見て!!
泣いてる顔のやつを狙えば攻撃が通る!
そういう仕組みだー!多分!」
風と爆音にかき消されないように、全力で届けた――。
「……!?」
呼びかけに気づき、驚いた顔を一瞬こちらに向けたルピナス。
言葉こそ発してはないだろうが、「――なんでまだ逃げてないの!?」なんて声が聞こえてきそうだった。
しかし彼女も流石、素人ではない。
オレの言葉に応え、すぐに実行に移したようだ。
一発軽めの魔法を泣きっ面へとお見舞いして反応を確かめると、再度大型妙獣との距離を調整し始める。
動きを見るに、彼女は長い詠唱に入ったようだ。
おそらく大魔法を泣き顔目掛けてぶっ放すつもりなのだろう。
とりあえず一安心。
まだ油断はできないが、オレに出来ることはやり切ったはずだ。
「よかった、どうにか間に合った。
ねえ、ドリ――」
安堵した先、振り返ると待っていたのは――さらなる災厄だった。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」




