抗う術
「……もしかして…表情、か!?」
泣き顔を痛めつけてる時、あの大型妙獣全体にダメージが入ってる、ということか…?
確信はない。自信もないが、試してみる価値は十分にありそうだ。
やっと見えてきた…ヤツを崩す突破口が。
一刻も早くこれをルピナスに伝えて―――
「ルピ……っ…!」
今も交戦中の魔法使いに向けて、声を張り上げようとした時、背中に生ぬるい気配がまとわりつくのを感じた。
背後から“なにか”がこちらに近づいてくる音。
それを確認したい衝動としたくない恐怖がせめぎ合う。
それでも震える心を押し殺して、ゆっくりと首を回し
「――もうなんだよッ!」
「いい加減にしてくれ!」心の中でそう吐き捨てる。
嫌な予感に振り返った先、視界に入ったのは、見覚えのある不愉快な四指獣の姿だった――。
歯並びの悪い口元に、正気を欠いた白目。
体躯を支える人間の指のような脚。
こちらを嘲笑うかのような顔面。
「お前どんだけいるんだよ…」
またも遭遇してしまった、ピゴラスと呼ばれるブタ紛いの妙獣。
意思疎通のできない化け物からは、当然返事などない。
じわじわと距離を詰めてくる数匹のピゴラスうちの1匹と、まっすぐ目が合った。
まるで肉食獣に睨まれているかのような緊張が、オレの全身をなぞる。
互いに瞬きはしない。
次にこの視線の交錯が外れたときが引き金になる、そんな確信があった。
ルピナスに助けを求めようにも、彼女は大型妙獣の相手で手一杯。
自分でどうにかしなければいけない。
けどオレに何ができる?できることなんて何もない。
抵抗する術も持たない、何の特別な才もない凡俗なのだから――。
ならもうこのまま終わりを受け入れるしか……。
そんな考えが過った時――胸元にかかるわずかな重みを思い出した。
「……これ…」
指先が無意識に伸びたのは、首から下げた四芒星。
ルピナスに託された首飾りだ。
結局意味も用途も分からないまま預かってはいたが、オレは今この結晶に、祈りにも似た期待を込めてしまっている。
「これが役に立ってくれる」と彼女は言っていた。
助かる保証なんてない。
それでも―――
「やってみなきゃ……」
立ち上がり、オレは妙獣らと向かい合う。
ピゴラスの1匹が身を低くしてこちらに狙いを定める。
それに続いて他数匹も同じ動きを見せた。
対抗するようにオレも眼前の化け物を見据え、首飾りを強く握りしめる。
そのとき――
『――――魔法を』
誰かの声。
いや自分の声…?分からない。
「……?」
音ではない。
耳から入ってきた感覚でもない。
それなのに、はっきりと頭の中に浮かび上がる言葉。
これを使って魔法を放てばいい…のか?
問いを巡らせている間にも、死は刻一刻と近づいてくる。
なら試すしかない。
オレは四芒星を握った手にわずかに力を込め、頭の中で思い描く。
自分が撃つ魔法を。あの化け物に叩きこむイメージを。
昔どこかで見た光景。
アニメだったか漫画だったか、或いはゲームだっただろうか。
黒い炎をまといし巨大なドラゴンが天を割るように顎を開き、すべてを焼き尽くす――そんな現実味のない攻撃。
でも魔法ならこんな非現実も現実にしてくれるはず。
これでヤツを……!
「――撃ち抜け!オレの魔法っ!!!」
喉の奥から絞り出すように叫び、目を瞑る。
・・・・・・
・・・・・・
――――何も、起こらなかった。
熱も、轟音も、強烈な衝撃も。
何も起きなかった。
怖くなって、オレはそっと目を開ける。
しかし、そこに広がっていたのはさっきまでと何も変わらない光景。
「嘘、だろ……」
炎はない。
黒い影もドラゴンの姿も当然ない。
張りつめた空気は崩れないまま。
胸の奥が一気に冷え、喉が詰まり、息が浅くなる。
それと同時に、体の内側からなにかが抜け落ちた感覚がオレを襲った。
どうする。
どうすればいい。
何か他に打つ手は……。
オレの唐突な一声に警戒していたピゴラスらも、再びこちらへと距離を詰めてくる。
もう一度魔法を試す?
でも結局魔法なんか撃てなかったじゃないか。
いや…そもそもオレがさっき想像したのは存在しない魔法だった、みたいな感じか?
「……なら…」
ふとオレの脳裏に過ったのは、人生で初めて魔法を見せられた時のこと。
悪魔のような容貌の少女が、洗練された動きでブタ共を焼きつくしていた光景。
――あの時の魔法だ。
魔法の理屈や詠唱のことはこれっぽっちも分からない。ただ、確かに見たのだ。
だから絶対に存在してるはずの技だ。
この際選り好んではいられない。
一番鮮明に記憶にあるあの魔法を、使う……!
「あぁもうお願いだから――っ!」
オレはそう祈りを込めて声を投げつけた。
握りしめた手はそのままに、意識を前に向ける。
あの時の記憶を手繰り寄せ、像を結ぶように思い浮かべた。
――瞬間、オレの視界は赤く染まっていた。
熱が走る―――。
前方に向かって噴きあがる炎の奔流が、妙獣のもとへと流れ込んだ。
悲鳴なのか唸りなのか判別できない声が重なり、視界にいるすべてのピゴラスが炎に呑まれて黒く縮れ上がった。
「……殺れた、のか…?」
使えた…。
実感があまりないが、間違いなくオレが今魔法を放ったんだ。
動かなくなった骸をじっと見つめて、遅れて安堵が込み上げてくる。
「…あ、そうだ…!」
ルピナスに大型のことを伝えなければ――。
今の攻防のせいですっかり自分がやるべきことを忘れていた。
立て直そうと再度ルピナスの方へ振り返ろうとした矢先。
炎が引き始めた中、視界の端で動く影があった。
「……まじかよ…」
死角から現れたのは、また別の個体のピゴラスだった。
ちょうど物陰に隠れていて気づけなかったのか。
やっと一難乗り越えたと思ったら、すかさず別の難がやってくる。
地獄はいつまでも終わらない。
オレはすぐさま、もう一度魔法を撃つために構え直す。
たしか魔法の名前は……
「……えっと、――レアヴォミカ!」
今度はルピナスの呪文を真似て、魔法を放った――――つもりだったが、視界に再び炎が噴きあがることはなかった。
――失敗だ。
「...え、まっ......」
まずいまずいまずい。
どうしたらいいどうしたらいいどうしたらいい。
やばい。
これはほんとに――
「――――俺に任せろっ!!!」
「……え?」
延々と続く苛烈な試練に心が折れかけた時だった。
横合いから割り込んできたのは、聞き馴染みのある――いや、そんな言葉では足りない。
この世界で誰よりも親しんだ、青年の声だった。
「――ド、リオー…?」




