自称『最強になる魔法使い』――自認『最弱の社会不適合者』
もとより、オレは1人で逃げるつもりなどなかった――。
ルピナスの戦いの邪魔にはならないように。
それだけは注意を払いながら、身を潜め直す場所を探す。
「ここら辺でいいか…」
ちょうどいい崩れた壁の陰を見つけ、そこに決める。
今からオレがしなければいけないのは、ルピナスと三つ顔の植物との激闘を観察することだ。
ルピナスの攻撃を食らっていた時のあいつの不可解な反応――。あれには、きっとなにかしらのギミックがあるに違いない。
だからここでオレが暴いて、それをルピナスに伝える。
それが、今この戦場で戦力になれない、弱虫であるオレの役目だ。
さっきまでオレがいた所に視線を戻すと、今この瞬間にも両者の攻防が繰り広げられている。
相手が植物風の化け物だからなのか、ルピナスが使う魔法は炎系統のものが多い。
敵の弱点だと踏んでいるのだろう。
「それにしても…すごいな」
万全じゃないと言っていたルピナスだが、贔屓目なしに見ても、その圧倒的な脅威に後れを取っているようには見えなかった。
かといって、もちろん優勢というわけでもないが。
少し不思議なのが、三つ顔が戦いの最中、時々ルピナスを見失ったような挙動を見せているところだ。
明らかに目の前で構えているときでも、妙獣はルピナスを探すような素振りをしているときがある。
その隙にルピナスが新たな攻撃を叩き込んでいるので、特に問題はない……どころか、むしろこちらに有利な不可思議現象ではあるのだが…。
或いはこれもルピナスの魔法なのだろうか。
そんなことを分析している間にも、戦場はさらに熱を帯びていく。
魔法使いの少女は、風をまとったような身軽さで、怒りの口から吐き飛ばされる“雑多な”破片をかわしていく。
三つ顔の表情が回転したことによって、各々が担う役割も変わったらしい。
家々の屋根へ跳び乗り、壁を蹴って急旋回。
振り返りざまに、炎撃を怒りの顔面へとぶつける――。
一時的に砲撃が止むと同時に吐き出された泣き顔からの粘着物は、即座に土の壁を編み出して受け止めさせる。
その土壁を踏み台に、宙を舞ってくるりとそのまま妙獣の後ろへ回り込み、続けて炎の球を背後から放った――。
「オレほんとに足手まといかましてたっぽいな……」
自分と一緒に動いていた時とは見違えるほどの身のこなしを次から次へと見せられ、思わずそうこぼしてしまう。
――しかし、その感心は瞬く間に消え失せることになる。
ルピナスの攻撃をまともに浴びてもなお、3つの人面をぶら下げた巨体の植物は、動きを衰える気配すら見せなかったのだ。
今も蠢き続けている怪物に、ルピナスも動揺が隠せない様子。
その一瞬の隙を愉悦の笑みは逃さない――。
愉し気な眼に魅入られ、ルピナスの身体は身動きが取れなくなってしまう。
さっきオレもかかった。相手を凝視して、全身を硬直させるあの厄介な能力だ。
そして、その場から逃げることができなくなったルピナスをそのまま丸のみにしようと、憤怒の人面が大きく口を開け首を伸ばす。
「――――っ!」
彼女の絶体絶命の窮地に、気づけばオレの足は前へ出かけていた。
何ができるわけでもないというのに…。
だが、続いて目に飛び込んできた光景がその衝動を止める――。
体を固定させられたルピナスが口元をわずかに動かしたのが見えた。
その直後、地面の砂が爆ぜるように宙へ巻き上がり、ルピナスと大型妙獣の間に砂塵の煙幕が立ち上がった。
視界を覆われたことで、またも暴れ狂うように砲撃を吐き飛ばし始めた大妙獣。
愉悦の視線を遮ったことにより、少女を縛っていた見えない力もふっと抜け、ルピナスは膝をつきかけた身体をすぐに立て直す。
呼吸を整えるようにひとつ息を吐くと、身軽になった足取りで煙幕に紛れ一旦身を隠――――さない。
それどころか、彼女がとった行動は、常識外れで目を疑うものだった。
「……な、」
ルピナスは身を隠すどころか、堂々と巨大な三つ顔の前に歩み出ていく。
そして妙獣の目前まで来たところで立ち止まり、大胆にも魔杖を構えた。
漂っていた砂埃も徐々に薄れ、両者少しずつ視界も戻ってくる。
緊張の溜めが切れ、次の攻防が幕を開けるかと思われたが、目に入ってきた光景はまたしても理解を逸するものだった。
「……え…?」
気づいていないのだ。
三つも顔を持つ奇怪な化け物は、目の前に立つ少女が今にも攻撃を仕掛けようとしていることに気づいていない。
まるでルピナスを認識できていないかのように。
戸惑っている様相で、キョロキョロと揺らされる三つの顔面はそれぞれ別の方向を向いて獲物を探している。
混乱状態の妙獣に、無論ルピナスは容赦などしない――。
少女が杖を掲げたのに呼応するように、周囲の空気が震え、無数の軌跡が形を成す。
それらは風の刃となって一斉に走り、悪しき三つの顔全てに叩き込まれた。
文字通り真正面から攻撃をもろに受けた妙獣の巨体は、大きく跳ねあがり、痛みにもだえ苦しむように三つの顔を歪ませる。
「……今のは、効いたのか?」
そして今の風の太刀を契機に、三つ顔は再びルピナスを認識した様子だ。
丸呑みしてこようとする怒顔をルピナスは器用にかわし、茎と茎の間を潜り抜けて相手を翻弄する。
時折、悲しげな顔面に吐かれる粘着物を避け切れず、彼女の衣服に少し付着する。
そのたびに不快そうな顔をしているのがここからでもよく見えた。
気づけば怒の人面は、肉弾を吐き飛ばしてくる攻撃はほとんどしてこなくなっている。
弾のストックが底をついた、といったところか?
これで戦況が少しは優勢へと傾いてくれればいいのだが、ルピナスの方も攻撃の頻度が目に見えて減ってきている。
彼女も彼女で、本格的に命力…?とやらを使い切りそうなのかもしれない。
早めに決着をつけたいところだ。
それでいうとさっきの、ルピナスが三つ顔に認識されなかった不思議な現象も引っかかってはいる。
だが、今考えるべきなのはそっちではなく――あの妙獣への対処の方。
魔法攻撃を撃ち込まれた時に、たいしてダメージがなさそうな時と極端に効いている時がある。
オレにはそう見えた。
……その違いはなんなのか。
「炎に耐性があった、とかか…?」
――いや違うか。
明らかに弱点属性っぽいやつが逆に対策がされている、というパターン。
一瞬そう思ったが、よく思い返してみると、あいつは一度、炎の攻撃を受けた時もたじろいでいた気がする。
だったら他にダメージが通っている時の共通点は何がある……?
「全体攻撃、か……?」
三つの顔面全てに同時に攻撃を加える。
これが条件なのか?
さっきもダメージが入ったように見えたのは、全体攻撃の時だった気がする。
細かいとこまでは覚えていないが、どちらにしろこれ以上は思いつきそうにない。
戦況を眺め推測に推測を重ねていると、ちょうど今も、ルピナスが放った炎の球が泣きっ面を焼いていた。
「………違う」
そこで見せた妙獣の反応は、今のオレの考察が外れていることを示している。
炎が直撃した泣面だけでなく、三つ顔全てが低い唸り声を漏らしながら、痛みによろめくように巨体を後退させたのだ。
――明らかに少女の攻撃が通っている。
今のは確実に全体攻撃ではなかったのにもかかわらず、だ。
・・・・・・あ
「……もしかして…表情、か!?」




