大型妙獣
次の瞬間、三つ顔植物の上の顔――愉しむように笑う人面が、首とも茎ともつかない部分をろくろ首のように伸ばし、リセを頭から丸ごと呑み込んだ――――。
「―――ッ!」
閉じた顎の奥で、肉が裂け骨が砕かれる音が生々しく響く。
噛み砕かれたそれが、茎の内壁を押し広げながら、根元の方へゆっくりと沈んでいくのが見えた。
瞬きする暇もなく一品を平らげた愉悦に歪むその顔は、次は身を乗り出していたオレたちへと向けられる。
「――逃げるよ!!」
彼女の死を追悼している余裕はない。
まだあの妙獣との距離は十分にある。もう一度ルピナスが魔法で撹乱してくれれば身を隠す時間は作れるはずだ。
ルピナスが動いたのに合わせて、オレも駆け出す。
「一旦あそこまで走って!また魔法をぶっ放す…!」
ルピナスが少し先を指差し、そう叫んだ。
さきほどの口ぶりから察するに、彼女の魔法は乱発できない。
一発一発が貴重なはずだ。
「うん、分かっ――あ?」
動け…ない?
何の前触れもなく、体が急に重くなり、オレは身動きが一切取れなくなった。
足は地面に貼りついたまま、いくら力を入れても指の先ひとつ動かせない。
なんなんだ、これ。
恐怖で身体が固まってしまった……のか?こんな時に?
いやそんなわけがない。
となるとあいつに何かされたのか…!?
オレは咄嗟に、あの忌むべき三つ顔植物の方を振り返った。
「……なッ…!?」
―――”それ”と目が合い、凄まじい悪寒が全身に走る。
………見られている。
三つの顔のうちの一つ、オレから見て右下に位置する顔――涙ぐんだ表情の人面が、こちらを生気のない目でじっと凝視していた。
今にも泣きそうな顔をしてるはずなのに、感情がまるで読み取れない。
その矛盾がなによりも不気味だった。
身動きが取れなくなったのはあの顔のせいなのか?
確証はないが、一番怪しいのはどう考えてもあいつだ。
「――ルピナスさん!」
――声は出せる。
ならひとまずこれを彼女に伝えないと。
呼びかけに反応して、ルピナスが一瞬スピードを緩めたその瞬間、妙獣がルピナスの足元に何かどす黒い物質を噴き飛ばしてきた――。
残る一つの顔、こちらから見て左下に位置する、今にもキレそうな不機嫌な人面の仕業だ。
「―――ウェッ!?なにこれ…」
心底不快そうに自身の足元を確かめるルピナス。
怒りを爆発させそうな顔面が鼻から噴射したのは、トリモチのように粘ついた塊だった。
べっとりと足元に絡みつく粘着物に足元を奪われ、ルピナスは体勢を崩す。
下の顔二つの奇妙な技。
これによりオレとルピナスは両者身動きが取れなくなってしまった――。
眼前で佇む大型妙獣に、当然慈悲などあるわけがない。
愉しそうに笑う顔の口元が大きく膨れ上がり、何かを押し溜めている気配を見せる。
最悪の予感が走るも、ここから逃げ出すことができない。
「――まずい…!」
そして限界まで膨張した口元が弾けるように開き、口内に溜めた無数の肉塊を銃弾のように吐き飛ばしてきた――――。
「……!?」
「クソッ…!!」
粘つく塊に足を囚われながら、ルピナスは歯を食いしばる。
今度は詠唱のようなものはなしに、迫る攻撃へと杖を振るった。
――直後、地面が轟音とともに隆起。
目の前にそびえ立った土の壁に、吐き出された飛来物が叩きつけられ、土煙が爆ぜるように舞い上がる。
この大妙獣がこれまで喰らったのであろう、肉片や破片が辺り一面に散らばった。
その中には、リセの一部と思しき塊も混じっている。
「―――これ…」
目前で繰り出された独特な攻撃と、自分の中にあった記憶が重なる――。
頭の奥で燻っていた疑問、それがやっと答えに辿り着いた。
――コイツだ。間違いなくコイツがやったんだ。
今さっきオレたち3人を襲ったのも、オレを助けてくれた剣兵を抉り殺したのも。
……恐らく、バルドおじさんの命を奪ったのも――。
ずっとおかしいとは思ってた。
あのピゴラスとかいう妙獣も、想像を超える凶暴さだった。しかしそれを加味しても、あのバルドおじさんが負けるとは到底考えられなかった。
実際に戦う姿を見たことがあるわけではないが、ピゴラスを一刀両断したあの兵士と同等…いや、多分それ以上の実力はあったと思う。
それほどの男だった。
だが、これが相手だったとしたら話は別だ。
いくら彼でもこんなのに勝てるわけがない。
「――また来る!」
前方でそう叫ぶ声。
攻撃を防がれた愉悦顔は、続けざまに二発目を吐き飛ばそうとまた頬を膨らませていた。
それを阻止するように、ルピナスも続けて杖を妙獣へと向ける。
―――放たれた炎は、互いに主張し合う三つの顔全体を包み込むように広がった。
一撃をもろにくらった怪物は、その巨体をわずかにのけぞらせている。
今回は効いた、のか…?
「――うご、ける…」
妙獣のゾッとする眼差しから逃れると同時に、奪われていた体の制御が戻ってきた。
――そういうことか。
「んっ!……キッ…!」
ルピナスも、足元に撒かれた粘着物からなんとか抜け出したようだ。
要は、あの泣きっ面に見つめられると動きを封じられ、しかめっ面に粘着物を吐かれて足を取られる。
下の2つの顔が相手の動きを止めてるうちに、上の顔が襲い掛かる。
それが三つ顔植物の戦法だ。
なんとも厄介な連携プレイ…。
だが奴の能力は理解した、なら対処の糸口も見えてくるはず。
そう思った時だった。
「今度は、なんだよ…」
妙獣の挙動が明らかにおかしい。
それぞれ異なる表情を浮かべた三つの顔が、ねっとり滑り替わるように入れ替わっていく。
愉しげな笑みが怒りへ、泣き顔が愉しげな笑みへ、怒りが泣き顔へ。
三つの感情がぐるりと右回りに循環、した……。
この奇妙な変化に目が離せなくなっていたオレだったが、
「――今のうちに行くよ!」
ルピナスに腕を掴まれ、体がふっと浮き上がる。
そのまま風に押されるような勢いで前へと運ばれていった。
彼女の魔法の力だろう。
「――うぅ、わぁあぁあ」
重心が定まらず、ふわりと揺られながら進んでいく。
バランスを崩しそうで崩さない、そんな状態が続いている感覚だ。
ルピナスに引かれるがまま、オレも石壁の陰へと滑り込み、息をひそめる。
「はあ、なんとかここまで来れた…」
壁面に背を預け、後ろをうかがう。
ヤツはこちらへ近づいてくる気配はない。
――だが、代わりに取った行動はさらにおぞましいものだった。
ついさっきまでは愉悦の笑みだった、怒りに変わった顔面は、自身の茎の部分をねじるように伸ばす。
口元を大きく膨らませたかと思うと、ただ衝動のままにその口から周囲へ、無差別に肉塊の砲弾を撃ち散らかし始めたのだ――。
飛び散る肉弾は建物を削り、地面を抉り、生きる災害は村を破壊し尽くさんと暴れ狂っていた。
「ねえ、こっからどうする......?」
「――アイトくんはここから逃げて。その時間はルピナが作る」
ルピナスはオレの言葉を押しのけるように言い放った。
「……は?」




