死に損なった命
空気が裂ける音が響いた瞬間、何かが目の前をかすめた。
その刹那、鎧もろともトーマスの右肩から頭部が削がれ、肉片が弧を描いて散ったのだ――。
残された身体は、声を上げる間もなく崩れ落ちていく。
顔の半分以上は抉られており、その姿はとても見るに堪えない惨憺たる有様。
足元が赤く染まっていくのを、オレはただ眺めることしかできなかった。
……もうなんなんだよ。
今日だけでこんな光景を何度見せられればいいんだ。
「……ッ!トーマスさん!」
中々戦いに加わってこないことを不自然に思ったのか、妙獣と対峙していた剣兵がわずかに顔を後ろに向け、遅れて事態の深刻さに気づいた。
……今のはどう考えてもあの妙獣の仕業とは思えない。
何かが飛んできた…?
「……あ…」
オレは少し前に起きたことを思い出した。
駆けている最中で…バルドおじさんの片腕に躓いたときのことだ。
辺り一帯にも散乱していた誰かの一部たち。
眼前の男を削いだものの正体を確かめるべく、付近を見回すと、
「……あれ、か」
少し離れたところに、肉片が付着した瓦礫、のようなものがあった。
間違いなくあれだ。
しかしさっきは人間の体の一部がまき散らされていた記憶…。ということは腕が落ちていたのとは別か?
―――いや違う。
やっぱり同一犯によるものとみて間違いない。
周り一帯の惨状を見て、オレはそう確信した。
先の瓦礫と同じ材質の破片が、他にもいくつか転がっている――だけでなく、さまざまな人間の部位と思われるも欠片も無造作に散らばっていたからだ。
しかもよく目を凝らして見てみると、粘液のようなものが付着しているのか、何かベトベトしている気がする。
あの時見たものと、よく似ている……。
「――君は早くここから逃げろ!ここは危ない!」
こうしている間も、命の奪い合いは続いている。
盤外からの一手で1人欠けたことにより、大盾と剣の2人で妙獣3匹の相手を強いられている。
どう見ても優勢とは思えない。
だが、オレがここに残っていても足手まといなだけ。
もどかしいが、逃げることだけが今オレにできること…か。
「ごめんなさい...!ありがとうございます」
それだけ残し、オレは彼らに背を向けまた走り出す――。
「……くっそ!」
結局またこれか。
いつまで続くんだ。
オレはいつまで走ればいい。
このまま逃げた先に何があるというのか。
というかどこに逃げる…?
殺意を持った瓦礫や肉塊の飛来物、あれは村の中心部の方向から飛んできた気がする。…少なくとも1人では行きたくない。
かといって村の外なんてもっと危険なはず、論外だ。
とにかく今はここからできるだけ離れてヤツらの目が届かない場所へ。
逃げて逃げて逃げ続ける――。
それすら、もうさせてはくれないみたいだ。
「―――終わった…」
逃げた先にも、複数の妙獣が待ち構えていた。
まんまと捕食者のテリトリーに踏み込んだ獲物を、嘲笑っている。
オレを見て笑っている。
なら望み薄の賭けにはなるが、今来た道を引き返して……、
「嘘......」
後ろを振り向くと、こっちからも2匹の妙獣がオレを追ってきていた。
これが意味することは……。
オレなんかの命を繋ぐために……本当に申し訳ない。
彼らが生き延びてくれた方が絶対この世界のためになっただろうに。
前からも後ろからも死が近づいてくる。
横から抜けようにも、両サイドにちょうど家が建っていて逃げづらい。
完全に詰みの状態。
今度こそ本当に死を覚悟する。
これがオレの最期だ――――。
「――今助けええぇぇぇぇぇ!?んわあああぁぁぁぁぁあ!?」
絶体絶命の窮地に突如降り注がれたのは、救いの手を差し伸べるヒーローの声――になりそうでなれなかった、焦りに駆られた裏返った声だった。
風を切る音とともに、空から人がおり…落ちてくる。
反射的に目を向けた先、土煙の中で1人の少女が体勢を崩し、不格好に着地していた。
どうやらオレはまたも死に損なう運命だったようだ。




