奇妙な襲撃-3
足元にあったのは調理着を着た女性と思われる姿――――トルナおばさんの亡骸が横たわっていた。
その表情からは、いつもの温かい笑顔は微塵も感じられない。
先ほどのタイゼンの時と同様、頭の上半分だけが噛み砕かれてなくなっているが、違う点が1つあった。
――喉元に包丁が深く突き刺さっている。
あの妙獣がこんな器用なことをやったとは思えない。
となると、おそらく自分で命を絶ったのだろう。
自ら死を選ぶことよりも、襲われる恐怖の方が勝ったということ...。
頭を噛み砕かれる前に意識をなくせたことが、せめてもの救い…と言っていいのかもわからない。
オレは持っていた巨躯の腕を、トルナおばさんの左腕に添える――。
お揃いの装飾具がかすかに光を拾い、淡く冷たくそれを返した。
その場で手を合わせ、お世話になった彼らと最後の対話をする。
「本当に、ありがとうございました......」
こんな、世界に必要とされることのないオレみたいな無価値な人間にも、親切に接してくれたこと。
オレが返せるものなんて何もないのに、毎日温かい笑顔を向けてくれたことに。
尽きることのない感謝を――。
…そしてごめんなさい。
オレはそんな恩人に対しても、邪な疑念を抱いてしまった......。
返しきれないほどの多大な恩義を無下にするような真似……どこまでも救いようのない人間でごめんなさい......。
「………ぁ」
しかもこの期に及んでオレは――――。
だめ、これは絶対にいけない。
冗談ではすまない。
オレは思い切り自らの額を殴りつけ、この気持ちに頭を埋め尽くされる前に追い出す。
じわじわ残る痛みとともに、腰を上げ、
「――行かないと」
2人に別れを告げた後、オレは再び扉の方へ戻る。
このまま1人で隠れていても何もできない。
今はとにかく生存者を探して、一緒に行動したい...。
村の中心へ行けば、人がいる可能性は高いと思うが、さっき妙獣がそっちへ向かっていったのが気がかりだ。
最悪また鉢合わせてしまう。
なら、まず近隣の家に生き残りがいないかを確かめてからだ。
もし誰もいないようならオレ1人で村の――
「――ッ⁉嘘だろ……!」
扉を開いたすぐ目の前に、それはいた――。
しかも2匹……数が増えている。
ヤツは間違いなく村の中心へ向かったはず……となると両方ともさっきのとは別の個体か。
タイゼンの遺体を物色していた様子だったが、オレの存在に気づくと、その嘲笑うような顔をこちらに向けてくる。
「……クソッ!」
手の届くとこに転がっていた椅子を不愉快な顔面に投げつけ、オレはその場から全速力で逃げる――。
一体何匹いるんだよこいつらは…!
「……っ……はぁ…」
当然、椅子をぶつけられただけでは怯むわけがない。
走りながら後ろを振り返ると、2匹ともオレを追ってきている。
――どうする、どうすればいい…!
また建物の中に逃げ込むか?
いやダメだ。
さっきみたいにあいつらの視界を塞ぐことは難しい。
ただ建物の中に逃げるだけじゃ詰むだけだ。
――――ん、待て。
なんでオレはこんな必死に逃げてるんだ……。
そもそも死ぬつもりだったんじゃないのかよ。
あれだけ現実に文句を垂らしといて、死ぬ勇気すらないのか?オレは。
本当にどこまでも救いようがないなぁ。
あの化け物らに頭を一発で噛み砕かれてしまえば、ほとんど苦痛なく逝けそうじゃないか。
ここで少し我慢するだけで、この先ずっと楽だ。
もうここで終わりにしちゃえば――
「……はぁ……嫌っ…だ!」
まだ…死にたくない。
まだ生きていたい…!
きっと世界にはまだ楽しいことがたくさんある……それと出会って…!
もっと…もっとちゃんと人生と向き合いたい……!!
これがオレの本心なんだ……。
「……っ…誰か……!」
――――誰か助けて!
「……ん!生存者だ!こっちに1人!」
見知らぬ男の声。
その声がする方を見ると、白っぽい鎧に身を包んだ兵士らしき姿が三つある。
2人は肩から腰まで届くくらいの均整のとれた両手剣を携えており、もう1人は全身を隠せるほどの大きな盾を構えている。
何を考えるでもなく、オレはただ全力で3人の方へ助けを求め向かう。
「今助けるぞ…!」
剣を構えた男が叫び、その言葉に続くように3人の兵がオレの方へまっすぐ駆けてくる。
「――りゃぁぁぁぁ!」
兵たちはそのままオレの横を通り過ぎ、後方からすぐ背後まで迫ってきていた2匹の妙獣を相手取る。
最初にオレに気づいてくれた剣兵が、1匹の醜悪な口元を切り裂いた。
その痛みからか、妙獣は不愉快な鳴き声のようなものを上げ、その場で暴れまわっている。
「……っく…!」
一方で、もう1人の剣兵と大盾の兵は2人がかりでもう片方の妙獣を相手している。
大盾が獣の猛進を受け止め、その隙に剣兵が刃を振るう。
一撃で仕留め切ることは出来なかったが、すかさずニ撃目三撃目を叩き込み、動きが鈍くなったところで、剣先を顔面に突き刺した。
痙攣していた体は、次第に動きが弱まっていく。
……やがて、完全に動かなくなった。
「そっちは大丈夫か!?」
一足早く決着がついた2人は仲間に声をかける。
それに応えるように、剣を握り込んだ男は、
「――武技、『絶刀』!」
必殺技のような文言を吠えた――。
直後、彼の周囲の空気だけが不自然に揺らぐ。
「――あれって......」
見たことのある光景だ。それも今日さっき見たばかりの。
ドリオーが披露してくれた、常人が出せるとは思えないほどの威力を叩きだしたあの不思議な技。
唯一異なる点を挙げるとすれば、今回は剣兵が手にしている武器が、淡く蒼白い光を纏っているという点だ。
勢いのまま振り下ろされた蒼光の尾を引く刀剣は、口を落としたブタの体を一刀両断、縦に真っ二つに叩き切った――。




