奇妙な襲撃-2
「......っ......は?」
目の前で起きた惨事に、処理が追い付かない。
呼吸を忘れ、声も出ず、ただ目を見開いたままオレは立ち尽くしてしまう。
「――――」
数秒遅れて聞こえてきたのは、ブタの化け物が満足げに友人の頭部を咀嚼する音。
その表情はどこかこちらを嘲笑っているようにも見える。
――尤も、あれに感情があるのかは分からないが。
とにかくこの状況はまずい。
多分想定していた以上の凶暴さだ。
2対1の数有利ももう失った。
あの化け物を仕留める方法は思いつかない。
あれが食事に夢中になっている今のうちに逃げるしかないか…?
様子を窺いながら、一歩後ずさり、逃げる準備を――
「……え、なんで」
そんな余裕はなかった。
ブタの化け物はタイゼンの頭の上半分を喰らった後、残された躯には興味を失った様子で、ゆっくりと視線を外す。
そうして次の捕食対象――オレへと標的を移したのだ。
ここで初めて、この奇妙な獣としっかり目が合う。
人を冒涜するような不愉快な見た目、見続けていると頭がおかしくなりそうだ。
「――あ」
そして、ずっと頭の中にこびりついていた小さな疑問の答えが出る。
…やっと正体が分かった。
村の人たちが度々口にしていた謎の生き物の存在……こいつがミョージュ―だ。
――否、妙獣だ。
妙獣はその指のような脚で地面を掻き、こちらに狙いを定めている。
一発噛まれれば終わり。
こうなれば、危険だが賭けに出るしかない。
この籠をやつの頭にかぶせて逃げる――。
時間稼ぎにしかならないが、それでいい。
オレは籠の口を反対に向け、身を低くして構える。
獣の肩がわずかに沈み、聞いたこともない低い唸り声と同時に、こちらに向かって突っ込んできた――――。
「――んぐっ……!」
ずっと握っていた恩人の腕を今この時だけは離し、全身を使って死に物狂いで猛進を受け止める——
「――よし…!」
うまく入ってくれた。
妙獣は籠に頭を突っ込んだことで、視界が悪くなり、無様にもがいている。
今この隙に、急いでトバ食亭の建物の中へ逃げ込む――!
走りざまに腕を拾い取り、中に入り扉を施錠し、客席の隅に身を隠す。
「......はぁっ......はぁっ!」
信じられないくらい心臓が激しく鼓動している。
窓から恐る恐る状況を確認すると、妙獣はちょうど籠から抜け出し、忙しない動きで辺りを探っていた。
「......バレては...ない?」
ブタだから匂いで嗅ぎつけられるか?と一瞬焦ったが、どうやら鼻がいいわけではないのだろう。
こちらには全く気づいていない様子。
オレがいないと判断したのか、ブタ紛いの妙獣は村の中心の方へ向かって走って行った。
「......はぁぁ」
やっと落ち着いて息ができる。
念のためもう一度、窓から外の状況を覗き、ヤツがいないことを確かめてからオレは立ち上がった。
あの惨劇を見せられた後だ。
もはや期待などしていないが、ここへ来た本来の目的を果たすとしよう。
夜なのに灯り1つつけていないトバ食亭の店内は、いつもとは違う雰囲気が漂っていて、うっすらと怖さを感じる。
客席をぐるっと見回してみるが、人らしい影は見当たらない。
「上に逃げた…とか」
もしかしたら物陰に隠れてまだ生きているかもしれない。望み薄と分かっていても、そんな期待を抱いてしまう。
オレは視界が悪い中、慎重に2階への階段を上った。
階段から近い位置にある部屋から、順番に扉を開けて、中を確かめていく。
「誰か、いたら...」
返事をしてほしい。
その言葉はだんだん小さくなっていって、最後まで声にすることができない。
どうせ誰にも届いてないんだから。
2階にある部屋もすべて確認したが、見つからない。
となれば心当たりはあと1ヶ所。
階段を降り、もう一度1階へ。
客席を抜け、そのまま裏の調理場へ向かう。
ここは他の場所よりも明かりが届いておらず、さらに視界も悪くなる。
オレは壁や柱を頼りに、手をつきながら一歩一歩躊躇いがちに奥へと進んでいると、
「――ん」
……何かを踏んだ。
べちゃっと靴裏にまとわりつくような、不快な感覚が足元に広がる。
胸がざわつくのを無視しながら、地面に顔を近づけ確かめる。
「…うわぁっ……!」
足元にあったのは、調理着を着た女性と思われる姿―――トルナおばさんの亡骸が横たわっていた。




