奇妙な襲撃
「――バルド...おじさん...?」
ありえ...ない。
いろんな意味でありえない。
まず一つ、ここはまだトバ食亭からも町の中心からも距離がある。
こんなところにバルドおじさんがいるわけがない。
……加えて腕だけとなれば余計意味が分からない。
そしてもう一つ、仮にオレを迎えに来たとか何かしらの理由で、偶然彼がここに来てたとしよう。
だとしてもなぜ腕がちぎられている。
熊相手にも引けを取らなさそうだ男だぞ…?
何が相手なのか知らないが、こんな容易く敗れるはずがない。
いや、片腕だけで敗れたと決めつけるのは早計か……。
「……うっ…」
地面に横たわる大きな腕を恐る恐る拾い上げると、べちゃっとした透明な何かが付着し、不快感が手に染み込んでいく。
――見つかったのは片腕だけ。
オレは頭をフル回転させながらあらゆる可能性を探っていく。
「……ん、そうだ」
腕だけ…ではないんじゃないか?
近くに片腕を失った巨躯の姿があれば……或いは、もう人の姿を保っていないとしても他の部位も見つかれば……。
状況を一歩ずつ理解するため、彼がここにいたのかどうか、なぜ腕だけがここにあるのか。
まずはそこから確定させよう。
この不可解な現象も、少しずつ形を帯びていくはず。
できれば前者であることを願い、周囲を警戒しつつ、巨躯の姿がないか辺りを見渡しながら足を踏み出す。
――だが、その期待は外れるどころか、想像していた斜め下の現実が目の前に広がっていた。
「なに…これ...」
人の姿を保っていない部位が……いくつも転がっている。
けれど、それはバルドおじさんのものではない。
どれも別々の人間のものっぽく、まるで投げ捨てられたようにあちこちに無造作に散らばっている。
「ぉうぇっ......」
あまりに気色の悪い光景に吐き出しそうになる。
咄嗟に手で口をおさえギリギリのとこで耐えるが、胃酸が喉元までこみ上げてきて焼けるように痛い。
ここから見える範囲だけでも、右足部、胴の一部?、左手、上腕、顔面の下半分、などさまざまな肉体の一片が確認できる。
だがどれも見知った人のものではなさそうだ。
そのことに心がゆるんでしまった自分が憎らしい。
やっぱりオレも汚い人間だ。
人がこんな無残な目に遭っている事実は変わらないというのに――。
とにもかくにも、事態はさらに不可解さを増す一方だ。
この場でじっとしていても埒が明かない。
「――りえあず…かないと」
村の中心の方へ向かうつもりだったが、方向を変え、トバ食亭を目指して駆け出す。
一刻も早くトルナおばさんにこのことを知らせないと――。
もはや舗装された道を選んでいる余裕なんてない。
一直線でそこへ向かうため、足場の悪い草道でもお構いなしに走り抜ける。
――掴んでいる大きな手を落とさないように――それ以外のことは考えない。
今はこれだけが心の頼りなのだから。
もはやさっきまでの暗鬱な気持ちなど、とっくに意識下から抜け落ちている。
「……はぁ…はぁ」
息も切れかけてきたころ、ようやく村の家々が並ぶ一帯に入った。
周りは異様な静寂が漂っている...。
”誰でもいいから人に会わせてほしい“
自分の中でこんな感情が芽生えたのは初めてだ。
ずっと人間から離れたがる人間だったはずなのに...。
目指していた建物を視界に捉えた。
ただ縋るように足を進めるうちに、いつもとは違う違和感に気づく。
「………暗い…?」
――おかしい。
この時間はとっくにトバ食亭の営業は開始してるはず。
なのに、店の灯りが一切ついていない。
本能がそこへ近づくことを拒絶し、足を止めてしまう。
絶対にそうであってほしくない嫌な予感が、頭から離れない。
でもトルナおばさんに早く伝えないと。
――いや違う。もう誰でもいい。誰でもいいからこの恐怖を共有したい。
一歩ずつ、ゆっくりとトバ食亭の扉へと向かう。
かつて、ただ歩くことがこんなにも難しいと感じたことはない。
あと少しで辿り着くという距離に差し掛かったところで、中から微かに音が聞こえた気がした――――それとほぼ同時に、
「うわぁぁあああああ」
悲鳴を上げながら、誰かが勢いよく扉を開けて逃げ転ぶように出てきた。
しかもそれは見知った人物で――。
「――タイゼンっ!」
やっと形を保った人間に出会えたこと、それが友人であったことに安堵し、確実に聞こえるように声を張って彼の名を呼ぶ。
だが、反応はなく、こちらにも気づいていない様子。
表情こそ見えないが、その挙動からかなり焦っているのは分かる。
タイゼンがあんな姿を見せるのは初めてだ。
「おいっ、タ…」
何があったのか聞こうと、もう一度彼の名前を呼ぼうとした時、束の間の安堵はあっけなく砕け散った――。
「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だァ!来るなァァァァァ!!!」
ドンッ!と荒々しく、閉じていたもう片方の扉を破る勢いで何かが出てくる。
「――なんでいるんだよぉ!
嫌だ...死にたくない!死にたくない!」
タイゼンの叫びなど聞こえていないかのように、じわじわと“それ”は距離を詰める
「――んだあれ…ブタ……?」
状況が理解できず、オレもその場で立ち尽くしてしまう。
不気味なブタのような生き物…?が今にもタイゼンを襲おうとしている。
でも絶対にブタではない。
大きさはオレが知ってる普通のブタと同じか、それより少し大きいくらい。
だがそれよりも視線を奪われるのは…顔と、おそらく脚と思われる部分だ。
巨大な人のような唇に、同じく人のような歯を覗かせて大きく開いている口元。
おまけに目は白目を剥いている。
脚……は人間の手の指のように見える。脚と呼んでいいのか分からないが、下部に爪のようなものがあって、ところどころに横に走る皺もある。
色こそブタらしい色をしているが、形状はどう見ても人の指。それを前後ろ計4本、四肢のように使って動いている。
はっきりいって、気持ち悪い。
そんな率直な所感を持たざるを得ない奇貌だ。
「……さすがに…負けないよな」
…とにかくタイゼンを助けなければ。
奇怪な見た目こそしているが、猛獣を相手にしているわけではない。
男2人がかりで抑え込めば十分に勝算はあるはず。
そう意気込んで斧を握り――
「………ない」
斧がない。
――そうだ、あの時落としてきてしまったんだ。
いくらなんでも丸腰でぶつかる自信はない。
「何か、ない…か……!」
すぐに周辺を見回し、武器になりそうなものを探す。
…………!
戦いには向いてないが、ないよりはマシだ。
そう思い、家の壁際に置かれていた伐採の時用の籠を手に取り、
「タイゼン、今行く!
だからおまえも――」
「……!…イト、助け――」
タイゼンがやっとオレがいたことに気づいてくれた、その次の瞬間――――
「まっ……!」
皮膚が裂ける音と、骨が砕ける鈍い響きが空気を震わせる。
内部から出てきた赤いものと白いものが混ざり合い、地面に散った。
無残にもたった一噛みで、タイゼンの頭の上半分が噛み砕かれたのだ――。




