世界で一番の『社不』
あれから小一時間ほど経って、辺りも暗くなり始めた。
「なあ、さすがに遅くないか?」
「ふむ。奴にしては時間がかかりすぎだな」
ドリオーはまだ戻っていなかった。
走って行って帰って来るなら、とっくに着いているはず
「道に迷うわけは…ないか。歩いてんのかな?」
「分からないがそろそろ日が落ちる。夜の森は危ないからとりあえず移動したい。
アイトは出入り門の近くまで割り木を運んでおいてくれないか?」
門のところまでならここから遠くはない。
何往復かすればオレ一人でも難なく運べるだろう。
「おう、分かった。
タイゼンはどうするんだ?」
「我はドリオーをさがしてくる。道中で怪我をしていないとも限らぬからな」
「了解」
タイゼンの背中を見送り、オレは薄暗くなってきた森に1人取り残される。
怖いのでとっとと運び終えてしまおう。
「とりあえずこのくらいか…」
両腕に抱えられる分だけ抱えて、足早に門を目指す。
ほどなくして入り口に着き、持ってきた割り木を付近にゆっくりと下ろす。
これをあと何回か繰り返さなきゃいけない。
手際よく2周目へ向かおう。
「はぁ…」
あそこに集めておけば、万が一籠に積んでいる間、野生の熊かなんかが出てきても、すぐに村に逃げ込める。
多分そういう意味でタイゼンはこの指示をオレに出してきたのだろう。
「だったら柵の中に置いといたほうが安全だったかな…。いやまぁいっか」
運んでいる間入り口を開けっぱにするわけにもいかないし、めんどくさいし。
そんなことより、さっきのタイゼンのテキパキ指示して動くあの感じ...すごい社会人味を感じた。
――もはやこじつけってレベルだ。
何でもそういうことに強引に結び付けて捉えてしまう……。
がんばって他事を考えようとしても、将来へのネガティブな感情が頭から離れない。
「はぁ......」
受け容れたくなくて、今まで目を背けていた現実と相対した一日だった。
頭をグッと掴まれて、無理やりその光景を見させられるような感覚。
だからこそ、理解したくなかったのに理解してしまった。
――オレの価値観は世の中の常識とは大きくズレていること。
――真の理解者など、誰もいないこと。
――生きていくためにはこの現実を受け止め、もう諦めるしかないこと。
もうオレの人生は詰んでいる。
どれだけ頭を捻らせても、この地獄へと続く道から抜け出す方法が分からない。
「――何してんだろ、オレ」
愚直に運んでるのも馬鹿らしくなってきた。
オレはその場で立ち止まり、目の前に広がる森を見回す。
「こうやって暗い森の中とかよく歩いてたなぁ…」
昔、異世界に行くために、いわくつきスポットを巡っていた時のことを思い出す。
廃墟となった学校や、閉ざされたトンネル、噂だけが残る神社を渡り歩いたのも、今となっては懐かしい話だ。
あの頃はまだ運命に抗う気力に満ち溢れていた。
もしあの日異世界に来れなかったとしても、オレはまだまだ心スポ巡りを続けるつもりだったくらいだ。
まあそれも無駄骨だったわけだが。
「……にしても静かだな」
自分が歩くのを止めたことで気づいた。
こっちで夜間に森に来たのは、この世界に来たあの日を除けば初めてだが、こんなに静かなのか。
虫や動物の鳴き声1つくらいあってもよさそうだが、不自然なくらいに音がない。
まるで世界にオレしかいないみたいな感覚に陥る。
……それならもう取り繕う必要もないのかもしれない。
「――やっぱり嫌だなあ」
ぷつりと、自分の中で糸が切れたような感覚がした。
力が抜け、腕に抱えていた割り木は地面に落ちて転がる。
ダメだ――。
これまで苦労して築いていたポジティブな心が、どんどん崩れていく。
一日の終わりになるといつもボロボロになっていたけど、朝起きたらもう一度形を直して固めて…そうやって壊れないように繋いでいた。
けど、今回はそれが根柢の部分から壊れていっている。
もう修復はできなそうにない。
「あぁもう全部ダメだ......」
――今まで押さえつけていた感情が次から次へと溢れ出してきて止まらない。
このままだと根本的には本当に何も変わらない。
結局流されるように地獄に足を踏み入れることになる。
……嫌だ嫌だ絶対に嫌だ。
社会に出たくない。
奴隷になりたくない。
洗脳されたくない。
道具になりたくない...。
わがままだろって?甘えた考えだって?
そんなことはオレが一番よくわかってる。できることならオレだってこんな大衆に背くような考え方したくなかった。
絶対そのほうが楽だった。
中にはもっと過酷な環境を耐えてきた人だっている?
そんなことは知らない。どんな経験をしてきたのかだけが重要なのではない。その起こったことに対して、自分がどう捉えてしまう質なのかも合わせて重要なんだ。
同じ出来事を経験しても、それによって受ける損傷の度合いは人それぞれ違う。
より過酷な経験をしてきた人間とそうでない人間。受けたダメージ量が必ずしも前者の方が多いとは限らない。
つまり、長年社会人として立派に働いて苦労もしてる大人と、まだ碌に働いてもいないのに勝手に想像してダメージを負っているオレ。
オレの方が人生に対して絶望しているのだったら、その反論は機能しないんだよ。
だって文句を言い続けてるオレほど現状に対して絶望してないから、なんだかんだで何年もそのままなんだろう?
現実に歯向かおうともせずにさ。
「っはは…先に変わるべきだったのは世界じゃなくて自分の感性のほうだったな」
馬鹿馬鹿しい理論、自分でもそう思ってしまう。
それも全部含めた上で甘えた考えなんだよな、きっと。
――それならそれで別にもういい。
逆にどうして大人たちは苦しんでいることを誇らしげに語っているんだ。
苦しみたくなんてないだろ普通。
『ただ生きるため』に生きることの何が楽しい。
毎日同じように苦しんで、働き始めて何年か経ったあたりで適当に結婚して子供ができて……そういうお決まりのパターンだろ?
型にはめられた決まりきった人生をどいつもこいつも同じように送って何がおもしろい。
ふざけるなよ。
「――いや、それも違うのかなぁ……」
もう自分の考えすらよく分かんなくなってきた。
或いはオレも、そんなお決まりの人生でよかったのかもしれない。
そう思わせてくれるほどの力が、人と人との繋がり――恋愛というものにはあったのかもしれない。
オレの第二の人生でのヒロイン候補とした子、エレナ。
彼女に対して恋愛感情を抱けていたなら、もしかしたらただただ生きる人生でも悪くなかったと思えたかもしれない。
――けど無理だった。
全部知ってたから。
エレナとレンのこと――――彼らが特別な関係にあること。
いつもレンと一緒に登下校していること。
今日の朝オレたちが来るまでリセが一人だけ離れたとこにいたのは、きっと2人の邪魔をしないよう配慮してたこと。
今日オレに一緒に帰ろうと言ったのになぜか先に教室出てったのも、多分レンと喋りに行ったからだろうな......。
別に証拠はない。
けど、周りの反応とか見る感じそうとしか思えない。
思えばレンは会ったばかりの頃からずっと苦手だった。
意識してなるべく話さないようにもしていた。
まあ優等生に対する醜い嫉妬とかもあったのかもしれないけど。
エレナはなんでオレにアプローチ紛いな態度をとってくるのか分からない。二股でもかけようとしてたのか、ただのキープ的な感じだったのか…。
直接聞いてないから真意は分からないし、聞きたくもない。
こうやって他人に不信感を抱き始めると、いつしか止まらなくなってもう誰も信用できなくなっていく。
エレナは他の男にも手をだしてるんじゃないか??
トルナおばさんとバルドおじさんがオレを家に迎え入れてくれたのは、伐採作業を任せて、森の外という危険をオレに押し付けるためなのでは??
オレを放置してタイゼンとドリオーは示し合わせて逃げたんじゃないか??
そんなはずないだろ!と頭のどこかで分かっているのにまた別の自分が「疑え!」とそれを否定する。
もう何も信じられない。
全部が敵に見えてくる。
もはや病気ではないか。
かといって、こういうオレが抱いてしまう人への疑心のすべてが的外れではないことも、何となくわかる。
――だって人間はみんな汚いのだから。
どんな人間であれ、好ましくない一面は絶対に持っている。
周りの人に自分を良く見せようと嘘をつくし
協力しようと言いながら実は自分の利益しか見てないし
比較して下を見て安心するし
苦手な人が失敗した時心の中で嬉しいと感じるし
嫉妬や劣等感を皮肉や冷笑に変えるし
自分が孤立しないために他人を売るし
人付き合いでは損得を無意識に考えてるし
叱られた時反省よりも言い訳が先に来るし
悪いことだと分かっていても見て見ぬふりをするし
“正義感”を理由に他人を叩くことで気持ちよくなるし
全員汚い。
……けどこれをしてるからといって、その人が極悪人というわけではない。
ただ自分を防衛するため、生き残るためにやってるだけだ。
そしてなにより質が悪いことに、汚い一面があるのはオレだって同じだ。
だからこそ、彼らを『悪だ!』なんて責め立てることはお門違い。
矛盾だらけな生き物、それが人間なんだ。
結局のところこれに関しても、世間にそぐわないのはオレの方だ。
現実の仕組みに不平をもらしている時点で、もうズレている。
――汚い世界で毎日苦痛とともに生きていく。
生きていくにはこれを了承しなければいけない。
最悪だ。
「……あ」
ふと我に返って、頬が濡れていることに、ようやく気づいた。
脳がこれ以上の思考を拒否している。
振り返ると、オレは村に入って門からだいぶ離れたところまで歩いてきていた。
「せっかく異世界に来たのにこんな後ろ向きなことばっか考えて……」
来たかった人は他にもたくさんいただろうに、こんな奴が選ばれてしまってほんとうに申し訳ない。
もしオレが異世界アニメの登場人物で、この人生を上から見てる奴でもいたら、退屈過ぎて不機嫌になってそうだ。
こんなつまらない人生、存在してる価値もない。
「――そうか...」
長考の末、ようやく思考の森からの出口を見つけた。
バルドおじさんも言っていた。
『自分が合わない場所に居続けることほど苦しいことはない。いつでも逃げていいんだぞ』と。
オレは勘違いしていた。
逃げても逃げ切れなかったわけじゃない。逃げ場所を間違えていたんだ。
だから今度は正しい方向に逃げればいい。
オレが合ってないのは――人間社会、人生という場そのもの。
だからそこから逃げるためには……
「――――死、だ…」
そうだ、そうだよ。死ねばいいんだ。
なんでこんな簡単なことが今まで思いつかなかったんだよ。
「でもどうやって死ぬ...」
オレは手に持った斧を自身の首元へ持っていき――
「......さすがに痛いか」
――だったら森へ引き返すか?
たしかミョージュ―?とかいうやつの生息地帯だって話をしていた気がする。
どんな奴らなのかは知らないが、危険ってことはおそらく一晩中うろついてればそいつらに捕食でもされて死ねるだろう……。
「......いや、もっと嫌だな」
捕食なんてもっと苦痛じゃないか。できれば痛くないのがいい。
飛び降りとかできそうな場所があればいいが......。
「あぁ、そいえば...」
1つだけあった。
ある程度の高さがある建物。
職探しの講義で使っていたあそこだ、村の公民館的なあの建物。
あそこなら最上階へ行けば十分な高さがある。
――ようやく解放される。この苦しみから。
答えはこんなにも単純だったなんて。
全身から力が抜け、持っていた斧も手から滑り落ちる。
気持ちも一気に軽くなった。
オレは弾むような足取りで目的地を目指して走り出した。
その数秒後――
「―――ッ!」
夢中で駆けていた足が、道に落ちていた何かに引っかかり、そのまま体が前へ投げ出される。
「…いッ……」
掌に伝わる地面の冷たさで、自分が今転んだことを理解した。
各所に残る鈍い痛みに顔をしかめながら、オレは身を起こす。
弾力があって、なにか柔らかいものを踏んだ......気がする。
嫌な感触の正体を特定するべく、オレは足元を見回し――すぐにそれは判明した。
「――は...」
見覚えのある…ものだった。
いや、この部分だけで見ることは普通はない。
だからこそ脳は“それだ”と認識することを強く拒絶している。
――――腕だ。
どう見ても腕だった…。
肘で途切れたその腕は、先がどこにも繋がっていない。
それだけでも衝撃を与えるには十分な光景だが、オレの目を一番奪っているのはそこではない。
持ち主をなくしたこの腕がオレの知るものだとすぐに分かった理由――その腕にはキラリと光る特徴的な装飾具がはめられていた。
「――バルド...おじさん...?」
めっちゃ時間おそくなっちまった・・・!;;




