いざ労働へ
――あれから20分ほど経った頃、オレは村の外に出るための門を目指して歩いていた。
門といっても、そんなたいそうなものではない。
ただ柵を開閉できる場所ってだけだ。
ミリナ村はぐるーっと広く柵に囲われており、少し遠回りにはなるが、外に行くにはその門から出るしかない。
オレがいつも使っているのはそこだけだが、門自体は村に数か所あるそうだ。
柵を飛び越えれば早いのでは?と思うかもしれないがそれは難しい。
というのも、この村を囲っている柵は少し独特で、木の板や細い丸太を規則正しく組み立てたよくある木製フェンスとは違う。
先端が鋭く削られて尖った丸太や角材を地面に突き刺すように並べられた、荒々しい印象の柵。
見ているだけで普通に怖いし、威圧感がある。
跨ごうものならオレのお股が犠牲になってしまう。
ただ、
「遠いんだよなあ。マジで」
トバ食亭からは少し離れたところに門が位置しているせいで、のろのろ歩いていると片道1時間以上はかかってしまう。
愚痴を漏らしながら歩いていると、ふと視界の端に違和感が走った。
「――ん?」
思わずオレは足を止める。
視線を落とすと、地面がわずかにくぼんでいるのが分かった。
「なんだ、これ?」
舗装されている道に不自然に残された跡。
足跡かなにかか…?
この辺はあまり頻繁に人を見かけないが、珍しく誰か来たのだろう。
そんなことを考えながら、眉を寄せ、くぼみをよーく見てみると、
「……うえっ、なんだこれ、手?」
手形だ。
それは手形だった。
誰かがここで転んでその拍子に手をついたのか?と思ったが、すぐにその可能性は否定される。
「――うわっ!」
辺りを見回すと、その手形は周囲のあちらこちらにいくつも残されていたのだ。
……気味が悪い。
逆立ちしながら村を散策する変質者でもいたのか?
ふと脳裏を通過したのはタイゼンの姿だったが、流石にそれはないよな?とオレは頭を横に振る。
気にならないわけではないが、ここで立ち止まっていても答えが出るものでもない。
「まあいいか」
オレはそのまま村の外へ向かった。
柵を出ると、さらに人の気配は薄くなる。
村の周りは森林が広がっていて、伐採できるところは他にもある。
が、オレは一人黙々と静かにやりたいタイプなので、敢えて人っ気がないこの南側のエリアをいつも選んでいる。
「今日はここら辺にするかー」
適当に作業場を決め、伐採にとりかかる。
ちなみにこの辺りは、オレが初めてバルドおじさんと会ったところの近くでもあり、変な話だが少し親しみを持っている場所だ。
「よっ!っと」
勢いをつけ、木の幹に刃をめり込ませる。
斧で木を切る作業というのは、なかなかに体力を持ってかれるもの。
幸いにも身体能力には少しだけ自信があるので、そこまで苦ではないが、単調な作業にどうしても飽きがくるのが悩みだ。
「おりゃっ!」
ただ、今日は特に頭を悩まされるイベントが多かった。
講義、エレナとの対話、バルドおじさんとのお悩み相談……さすがに神経がすり減りまくりだ。
木を伐っている間は全部忘れて何も考えず没頭できるので、むしろこの単調な作業をずっとやっていたいとさえ思う。
しばらく斧を振り続け、森には木の唸り声が響く。
すると――
「――ん?」
音がした。
それもすぐ近くで。
もちろんオレが出しているものとは別の音。
虫や風の音とも違う……明らかに自然音ではなかった。
瞬時に嫌な予感が過った。
たしか森の中は危ないと、前に聞いたことがあるからだ。
野生動物なのかなんなのか、詳しくは聞いていないが、もしかすると命の危険に関わるかもしれない。
「一旦帰るか…?」
周りに人が少ないというのもある。
怖いので今日は撤退しようと後ろを振り向いた時――
「わっ!!!」
「うわあああああっ」
「ハッハッハッハッ!」
死角からいきなり現れたのは、ドリオーとタイゼンだった。
「おまえら……なっ!」
オレは2人に斧の背を向け、そのまま振り下ろすふりをする。
「ごめんごめんごめんって」
「さすがに悪ふざけが過ぎるぞ…」
安堵と呆れのため息をつきながら、2人をたしなめる。
「すまなかった」と珍しくタイゼンも反省してる?様子。
「――それで、何しに来たの?」
「俺たちどうせ今日暇だったし、たまにはアイト手伝ってやるかーって。な?」
「ふむ。我の力を貸してやろうかと思ってな!」
まるで決め台詞を吐いたかのようにポーズをとるタイゼン。
「そ...そっか。それは普通にありがたいけど、危ないだろ。
帰る頃には暗くなってると思うし」
「危ないのはお前だって同じだろ。いつも1人でこんな人のいない方まで来てさ」
「我も思っていた。北側の森なら比較的人も多いはず。
なぜこっちなんだ?」
オレが住んでいるのは村の北西エリアと南西エリアの境界辺り。
距離的には北側の森も南側の森もたいして変わらないため、わざわざ人がいない方に行くのが不思議なのだろう。
「まあ…いつもこっちに来てるからな。」
理由にはなってないかもしれないが、友人との会話なんてこのくらい曖昧な返事で十分通るだろう。
「それより手伝ってくれるんだろ?ほい」
「おう、任せろ!」
斧を手渡すと、ドリオーは意気揚々とそれを受け取り、
「っしゃ、よーく見てろよ!俺の渾身の一撃を」
「お、おう」
なんか急にタイゼンみたいなこと言い出したぞ。
「これにすっかな」
ドリオーはオレが伐っていたものよりも一回り幹が太い木を選び、斧を構える。
意識を集中させるように、目を閉じ、腰を低くする――。
木を伐るだけにしてはなんか大げさだな…。
心の中でそう呟いていると、
「――へ?」
「おー、これは…!」
――視界に違和感が走る。
となりにいるタイゼンも、その光景は初めて見る様子。
…………揺らいで見えるのだ。
ドリオーの周りだけ、空気が揺らいでいる。
「なんだあれ」
目がおかしくなったのか?と思い、目を擦る。
そしてもう一度視界にドリオーを捉えるが、やっぱり空気が揺らいで見える。
夏のアスファルトの上でよく見る陽炎のような……透明なオーラとでもいうべきか。
「武技…いや身技の方か。あれは」
オレが戸惑っている姿に答えてくれたのか、タイゼンが低い声でそう呟いた。
「……え、なんて?」
似たような言葉を前の世界でも聞いたことはあったような気もするが、オレが想像しているもので合ってるのだろうか?
詳しく聞きたいところではあったが、直後に起こった出来事がそれを中断させた。
「おりゃああああっ!」
体の奥底からの渾身の雄たけびとともに、斧を振るうドリオー。
その重たい一撃を受けた太木は――




