お悩み相談処
「ただいまー」
「あ、おかえり」
エレナと別れた後、オレは特に寄り道もせず真っ直ぐ帰ってきた。
いつものように出迎えてくれたトルナおばさんは、
「どうだった?」
興味と心配が混じったような口調で、そう問いかけてくる。
いうまでもなく、今日の職探しの講義についてだろう。
「――うん、バッチリ。
魅力的な仕事をたくさん紹介してもらえました。大変そうですけど、どれもやりがいはありそうです!」
この場で求められている会話はこれで合っているだろうか。
「…そう!それはよかったわ。
夕食の時にまた話聞かせてね」
嬉しそうに微笑むトルナおばさん。
「は、はい!」
「私はそろそろ店開ける準備しなくっちゃ。
今日もお願いね、アイト君」
「任せてください」
トバ食亭の営業開始は夕刻前くらい。そろそろ開店作業で店が忙しくなる頃合いだ。
オレもオレで一息ついたら、店の手伝いでまた出ないといけない。
手伝いといっても、オレが任されてるのは木材を集めるための伐採作業。なので、いったん村の外まで行く必要がある。
「――よお!帰っとったんか、アイト」
二階へと続く階段から、いきなり野太い声が降ってきた。
反射で振り向くと、そこには巨木のような男――バルドおじさんがドシドシと階段を下りてきていた。
「これから出るんか?」
「はい、一休みしたら行ってきます」
「ならちょうどええわ!ワシもちょいと用があってな。
途中まで一緒に行こうや」
「あ、そうなんですか。了解です」
「ほなワシは先に外で待っとるわ!」
そう言って、扉を開け出て行くバルドおじさん。
「・・・」
ちょっとゆっくりしていきたかったんだが…。
でも流石に待たせるのも悪いか……。
結局オレは荷物を置いて、水をコップ一杯だけ飲んですぐにバルドおじさんのもとへと向かった。
「お待たせしました」
「遅かったやん、待たされたわほんま」
「いやだいぶ急いで来た方だろこれ!」
……あ。
つい強めにツッコんでしまった。
「ガハハッ、冗談や。
あと、普段からそんな調子でええで。敬語なんて使わんと」
いつもと変わらぬ力強い口調でそんなことを言いながら、オレの頭に手をバサッと置いてきた。
右手首につけた装飾物がおでこに当たって痛い…。
が、その大きな掌からじんわり伝わってくる温もりは、なんだか心地いい。
「はい、そのうち、徐々に…」
「ハハッ、とりあえずそれでええわ。
そうや、ほいこれ」
そう言って、オレが持っていくべきだった忘れ物を差し出してくる
「あ」
「伐採行くのに手ぶらなやつがおるかい」
何をしているんだ全く、うっかりさんが過ぎるな。
差し出された斧を受け取った後、巨躯に少し遅れオレも歩き出す。
「バルドおじさんはどこ行くんですか?」
「ん?ちょっくら仕事や仕事。
つか、別にワシのことはええねん。それよりアイトのことや」
「オレの?」
「ああ。最近いろいろうまくいっとらんのやろ、人生」
「――え?」
想定してなかった言いぐさに、一瞬呆気にとられてしまった。
人生、とは大きく言ってくれたものだ。
「どうしてですか?」
「見てりゃあ分かるわ!だいぶお疲れやん。
取り繕うとしても無駄やで!」
甘く見るなよ、とでも言いたげに「ガハハッ」と笑う。
オレは今バルドおじさんの半歩ほど斜め後ろについて歩いている状態で、お互いに顔は見えていない。
「そ、そうなんですよ!今日の講義けっこう大変で…。
疲れが顔に出ちゃってまし――」
「ちゃうな」
「え?」
こちらには振り返らないまま、オレの言葉を短く遮ってきた。
いつもの雄々しい口調ではなく、珍しく落ち着いたトーンで。どこか遠くを見ているような様子で。
「違うって……」
「今日だけのことやないってことや。ここ最近いうたやろ。ま、確かに今日は特に分かりやすく出とるけど。
うちに来たばっかん時はまだ生き生きしとうたけどな」
「そう、ですか…?」
「朝はまだ元気装うエネルギーあるみたいやけど、一日の終わりが近づくにつれその気力も抜けていく、って感じやな」
「……!」
何も言い返せなかった。
世界がオレの目にどう映っているのか、彼には理解っているのか…?
「言うたやろ?取り繕うても無駄やて」
――驚いた。こんな感じだが意外と人のことをよく見ているんだな。
「そうかも…しれないですね」
「つまりなんか悩んどるちゅうことやろ?何に悩んどんのか、言うてみ。
――言いたくないなら当てたろか」
…まだ何も答えてないんだが。
「じゃあ当ててみてください」
どこまで見抜かれているのか、オレは単純に気になった。
ちょっと生意気な返しだったかも。
「ガハハッ、わかったわかった」
歩きながら、ほんの少しだけ顔をこちらに向け、
「アイト。――お前将来に絶望しとるんやろ」
「…………。もちろん、不安はありますよ。でもそれは皆同じだと思います。
だから気づいたらそのうち乗り越えてますよ、きっと」
「そんな楽観的に思ってへんやろ、絶対。」
「バレましたか」
へへッ、と笑って角が立たないようにしておく。
「それにな、多くの人は不安があっても働くの面倒やあ思っとっても、どこか楽しみにしてる気持ちも持っとる。
――けどアイトはちゃうやろ?
社会に出ることは地獄の始まりや、生きてる意味なんてない、くらい思っとるやろ」
つまり極端に悲観的になっている、と言いたいのだろう。
自分で意識したことはなかったが、改めてはっきり言われると否定できない。
多分そうなんだろう。
「ほぼ正解です。びっくりしました。洞察力っていうか、観察力っていうか...」
「ガハハ!そんなもんワシにはないわ」
自身満々に言い切るバルドおじさん。
しかし、こうもオレの心情をなぞられたんだ。らしくはないが謙遜だろう。
「なんで分かったか、教えたろうか」
「――それはな、ワシも経験があったからや」




