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2人の贖罪セカイ~命《いきる》を選んだその先は~  作者: 【表現者のタマゴォ】/燿霞乃夜
第0章

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1/5

『プロセス』








――――少女の首を刎ねた。








 何もない荒野を静けさだけが包む。




 立ち並んでいたはずの建物はもう跡形もない。

 ついさっきまであった日常ももう息をしていない。




 ここにあるのは3人の姿のみ。

 いや、正確には2人になったと言うべきか。




 こういう結果になってしまったことは残念に思う。

 だが、どんなことであれ、やってみなければ誰にも結果はわからない。

 今は切り替えて次の策を考えることが大事だが、まずはその前にこの後すぐ起こる問題の対応をしていかないとな。




「......な、んで……」

「こうするのが一番手っ取り早いと判断した」


 予想通り、目の前の男は取り乱し始めた。

少し労力はかかるかもしれないが、冷静に対処していこう。


「……で、でも!

殺す以外にもやり方はあっただろ……」

「殺してほしくなかった気持ちは察する。だが今ここでお前を失えば得られるものも得られなくなる。そのリスクを考慮した」

「——は?」


 俺の躊躇のない行動への追及が始まる。 

 いつも軽口を挟む時のとは違う、こちらを強く睨めつけながらもどこか悲しみを含んだ表情だ。


 男は感情的にこそなっているが、その中にしっかりと理性を保っている。

 やはりお前を選んだのは正解だった、と改めて実感する。

 こういう時、怒りに身を任せ無分別な行動に走る人間も少なくないが、なんとか話し合いを続行できそうで素直に有難い。


「失う...?」

「ああ。奴は何をしでかすか分からない。事前に説明したとおりだ。

それは分かるな?」

「————」 


 無言を肯定と捉え、俺は続ける。

 膨れ上がる感情はいつ爆発してもおかしくはない。

 俺は地雷原を歩くかのように慎重に話を進める。


「当初の目的を果たせないまま終わらせるのは避けたい。だから俺に不満をぶつけるのは後回しにしてくれると助かる」


 いつになるかは分からないが、それを受け止める責任は俺にあるだろう。


「でも...おまえなら......」

「俺なら?」


 俺なら少女の命を奪わずに、事をうまく運ぶこともできたのでは?と言いたいんだろうな。


 実際にその通りだ。

 絶対に息の根を止めなければならない必要性はなかった。


 だが、都合のいい選択をすればその代償はもちろん存在する。

 今回の例で言うなら、代償は計画が千日手に陥ることだ。


 現状維持は停滞を意味する。


「————」


 男から続きの言葉は出ない。

 無理もないだろう。この場で俺を責めることがお門違いだということを、この男は誰よりも理解している。


「流石だ。この状況で自分を客観視できるのは大したものだ。」

「マジで、心が痛んだりとかしないんだな……」

「似たところはあると思うんだがな、個人的に」


 もちろんこの男に責があるわけじゃない。

 ただ、俺が施した処置以上のやり方をただちに用意できなかったのも事実だ。


 まぁ今こんなことを口にしても猛獣を刺激してしまうだけので、心に留めておくが。


 ここで自暴自棄になられてしまっては手間がかかる。

 俺にはまだやり残したことがある以上、それまでは勝手な行動をしないよう手綱を引いておかないとな。


「元々の計画は頭に入っているな?」

「……ああ」

「なら仕切り直そう」


 そう言いながら、俺は“先ほどまで少女だったもの”のそばまで歩を進める。

 そして傍らに落ちていた、静かに存在を主張するそれを直接触れないよう拾い上げ、男のもとへ向かう。

 手にしたそれを男へ渡そうと手を伸ばすと――。


「なあ、さっき言ったことは......信じていいんだよな?」

「もちろんだ」

「……分かった」

「念のため再度忠告しておくが、時間はあまりないぞ。できるだけすぐに取り掛かってくれ」

「————」


 返事はないが、男は行動をもってその指示に応える。

 やるべきことを終えた様子で、そっと目を閉じた


 俺は男から少し距離を取り、様子をうかがう。

 今できるのは静かに見守ることだけだ。








 ――――なるほど。そうきたか。








 予想していたものとは異なる情景が流れる。


「……っ…がっ、な……あぁ…っ」


 目の前の男が突如もだえ苦しみだした。

 俺は見捨てられたように転がるそれを確認して、全てを理解する。



 どうやら俺は失敗したらしい。



 無意識のうちに手綱を緩めてしまっていたか。


 こうなってしまえばもう目的は果たせない。

 仕方がないが、計画が逸れてしまったときのことは当然考えてはある。

 事務的に処理を進め、次の工程に移ろう。


「…がっ……く…あぁ……」

「存外、思い切ったことをするもんだな」

「…なぃ……にっ………は、……い」

「計画は完全に失敗だ。これを狙ってたのか?」

「————」


 またも返事はない。

 言葉を発せないからなのか、意図的に返してないのか――。


「お前が期待する結果は保証できないからな」


 明後日の方を眺めながら、俺はそう答えることにした。






 ――――ん。






 ――――なぜだろう。






 目的は果たせなかった。

 だが、俺は不思議と悪い気分ではない。

 こうなってしまったこと、この決断をするに至ったことが少し嬉しいような気持ちさえある……。


 男は膝をつき、呼吸も荒くして、今にも自分を失いそうな様子だ。

 苦しそうに声にならない声を絞り出している。




 俺は男の目の前に立ち、右手を彼に向けて伸ばした―――。











 唐突だが、ここで一つ皆に問いかけたいことがある。



           『目的のためなら他の何かを犠牲にしてもいいか?』             



 他の何か、とは抽象的で分かりにくいかもしれないが、あえてそうさせてもらった。

 この部分には、何でも当てはまられるからだ。

 尊ばれるものから軽んじられるもの、物質的なものから非物質的なものまで。

 制限はない。



 これと似た有名な思考実験の一つで、『トロリー問題』というものがある。

 この思考実験では、


 “暴走したトロッコが5人を轢こうとしている。このままだと5人は死ぬが、あなたがレ

バーを引けば別の線路に切り替わり、1人だけが死ぬ。あなたはレバーを引くべきか?”


 というテーマで議論が進められることが多い。

 他にもさまざまなバリエーションがあるらしいが、要は今問いかけた


 目的のために他の何かを犠牲にしてもいいか?


 というのが問いかけていることの本質だ。


 命の価値、行動の善悪、責任の問題等について考えていくものだが、いずれにしろ“絶対

に正しい答え”は存在しない。


 しかし、俺はこの問に対して自分の回答を既に持っている。




  それはもちろん―――イエスだ。




 この世には、何かを得れば何かを失う、トレードオフの摂理が働いている。

 言い換えれば、何かを手に入れたいなら何かを捨てなければいけない。

 と俺は考えている。


 異論反論はあるだろう。

 各々が自分なりの考えを持っているだろうし、それこそが思考実験の面白いところでも

ある。

 他の意見を聞いたり、新しい経験をしたりすれば、俺も考えを改める可能性はある。

 だが、少なくとも現時点ではそうした考えを持っている。






 故に、俺は今から捨てる判断を下そう――――。






 目に映る景色に幕を下ろす。それをもってここですべきタスクは終了だ。

 予定では、ここで目的を達成するつもりだったが、この一連の壮大な出来事でさえまだまだ過程だったとはな。

 案外、人生はそんなものなのかもしれない。



 何はともあれ、多くのものを得ることができた。

 それを活かしてあげることこそが犠牲となる彼らのためにもなるだろう。




 一呼吸おいた後、しっかりと狙いを定め―――俺は男の首を刎ねた。

 何かがちぎれるような鈍い音ともに、頭が地面に落ちる。








 ――――目の前で転がるそれと一瞬目が合ったような気がした。








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