お守りと、おにぎりと、鈍感すぎる先輩
『お守りと、おにぎりと、鈍感すぎる先輩』
「先輩! これ、受け取ってください!」
後輩の木下さんは、顔を真っ赤にして、丁寧にラッピングされた「小さなお守り」を差し出した。中には彼女の手書きで、先輩への想いを綴った手紙が入っている。
田中先輩は、それをじっと見つめて言った。
「おっ、木下さん。これは……もしかして、肩たたき券か?」
「違います! 手作りのお守りです! 中に、私の大事な『気持ち』を込めたんです!」
「気持ち? ……あぁ、なるほど。塩分だな?」
木下さんは耳を疑った。 「えっ、塩分……?」
「最近、暑いからな。僕が熱中症にならないように、中に岩塩か何かを仕込んでくれたんだろ? 気が利くじゃないか。さすがは僕の相棒だ」
田中先輩は嬉しそうに、お守りをスマホのストラップとして全力で結びつけた。 「これで夏も安心だ。ありがとう!」
木下さんはがっくりと肩を落としたが、まだ諦めない。翌日、彼女はお弁当を作ってきた。ハート型に切り抜いた人参をたっぷり入れた、愛妻弁当ならぬ「愛後輩弁当」だ。
「先輩、今日はお弁当を作ってきました。一緒に食べませんか?」
「えっ、いいのか? 助かるよ。ちょうど買いに行く時間が惜しかったんだ」
田中先輩がお弁当箱を開ける。そこには、ご飯の上に桜でんぶで大きく**『すき(ハート)』**と書かれていた。
木下さんは、心臓の音が漏れそうなほどドキドキしながら反応を待つ。
「……木下さん。これ、すごいな」
「わ、わかりますか!? その、四文字の意味……!」
「あぁ、わかるさ。**『スシ』**だろ? 疲れている僕に、せめて視覚だけでも高級な寿司を感じさせようという、君なりのジョークだ。ピンク色のでんぶが、まるで中トロのようだ。泣かせるじゃないか」
「『すき』です!! 濁点ないですよ!!」
「ははは、照れるなって。そんなに寿司が食べたいなら、今度の飲み会は回転寿司に行こう。君の分も皿を積んでやるからな」
田中先輩は、幸せそうに「中トロ(でんぶ)」を頬張っている。
「……先輩」
「ん? 何だい?」
「そのお弁当、完食したら、私の話、一分だけでいいから真面目に聞いてくださいね」
「もちろん。仕事の相談だろ? 何時間でも乗るぞ」
木下さんは、空になったお弁当箱を抱えて「次はハンマーで頭を叩くしかないかな……」と、遠い目をして呟くのであった。




