泥棒界のニューノーマル
深夜2時、田中さんの家に忍び込んだ男・佐藤は、リビングで立ち止まった。彼はプロの泥棒だが、最近流行りの「ライフハック」に毒されすぎていた。
「よし、まずはこの部屋の動線を確認しよう。……ダメだ、この家具の配置は生産性が低すぎる」
佐藤は盗みに入る前に、まず散らかったリモコンと雑誌を整理し始めた。
「物の定位置が決まっていない。これでは、この家の住人は朝の5分を無駄にしているぞ」
彼は本来の目的(金目のもの)を忘れ、タンスの引き出しを開けた。
「……っ! なんだこの靴下の畳み方は! コットンへのリスペクトが足りない!」
佐藤はついに我慢できなくなり、暗闇の中で黙々と靴下を「米軍式」に丸め直し始めた。そこへ、物音で目が覚めた住人の田中さんがリビングに入ってきた。
「……え、誰?」
佐藤は振り返り、鋭い目つきで言った。
「君か、この部屋の住人は。言っておくが、寝室の加湿器のフィルターが汚れているぞ。あれでは良質な睡眠は得られない。パフォーマンスが落ちる一方だ」
「あ、すみません。……って、泥棒!? 警察呼びますよ!」
「呼びたまえ。だが、通報する前にこのクローゼットを見てくれ。色別にグラデーションで並べ替えておいた。これで明日から、服を選ぶ時間を 20% 短縮できる」
田中さんは、美しく整頓されたクローゼットを見て、思わず感嘆の声を漏らした。
「……すごい。お店みたいだ」
「だろう? 泥棒も今は、価値を提供する時代なんだ。ただ盗むだけ(Take)の時代は終わった。これからは付加価値を与えて(Give)、その対価として『不要な資産』を少しだけ再分配してもらう」
佐藤はそう言うと、田中さんの机の上にあった「去年の年賀状の束」と「中途半端に残ったプロテイン」を手に取った。
「これらは君の人生に『ときめき』を与えない。私が処分(盗)っておこう。あ、窓のサッシの掃除もしておいたから、明日の朝は空気が美味しいぞ」
「あ、ありがとうございます……?」
佐藤はスマートな身のこなしで窓から去っていった。翌朝、田中さんは人生で最もスッキリとした目覚めを迎え、そして気づいた。
「……あ、やっぱり財布は盗まれてるわ」
部屋はピカピカ、財布はカラ。田中さんは、なんだか複雑な気持ちで、ピカピカの窓を開けて深呼吸した。




