鋼の挽歌:最終部
爆煙が晴れた戦場には、静寂だけが残っていた。 二人の足元は深く抉れ、かつての英雄の居城は形を留めぬほどに崩落している。
カイルは、胸に深く聖剣を突き立てられたまま、瓦礫の山に背を預けていた。彼の体からは、あれほど禍々しく吹き荒れていた黒い魔気が、羽虫のように力なく霧散していく。
「……あ、あぁ……」
僕は震える手で、彼の胸に刺さった剣の柄を握りしめていた。僕の左腕もまた、カイルの一撃によってだらりと力なく垂れ下がっている。
「……勝負ありだ、アル。……見事な、一撃だった……」
カイルの瞳から紅い色が抜け、元の澄んだ碧色が戻っていた。だが、その瞳に宿る生命の灯火は、今にも消え入りそうなほどに淡い。
「カイル……待ってろ、今、治癒魔術を……!」
「よせ……。俺が一番、わかってる。……魔の力で繋ぎ止めていたこの命は、聖なる光を浴びれば……もう、形を保てない」
カイルは血に汚れた手を持ち上げ、僕の頬に触れた。その手は、驚くほど冷たかった。
「すまなかったな……。お前に、こんな……嫌な役割を押し付けて。……でも、お前なら、止めてくれると思ってた」
「……馬鹿野郎……。そんなの、頼まれてやるもんじゃない……」
涙が止まらなかった。 国を守り、民を愛し、誰よりも正義感が強かった親友。彼はただ、裏切りという名の孤独に耐えられなかっただけなのだ。彼を闇に追い込んだのは、僕たちが守ろうとしたこの国の「光」そのものだった。
「アル……。門を閉ざしたあいつらを……恨むなよ。……俺一人の犠牲で、お前たちが救われたのなら……それで、良かったんだ。……あの日、そう思えなかった俺が、弱かっただけだ……」
カイルの体が、末端からさらさらと灰になって崩れ始めた。 魔の力に侵食されすぎた肉体は、魂の解放と共にこの世界から消滅しようとしていた。
「おい、カイル! 消えるな! 一緒に帰るんだろ!」
「……もう、帰ってるさ。……お前の剣の中に……俺たちの、誓いの中に……」
カイルは穏やかに微笑んだ。かつて、訓練の後に夕日を眺めながら交わした、あの少年の頃の笑顔だった。
「……光を、絶やすなよ……相棒……」
最後にそう言い残すと、カイルの体は一陣の風に吹かれ、灰となって錆色の空へと舞い上がった。 僕の手元に残ったのは、血に濡れた聖剣と、親友がいた場所の温もりだけだった。
僕は一人、廃墟の頂で叫んだ。 空は皮肉にも、闇が去ったことで美しい朝焼けに染まり始めていた。
数年後。 王国は「魔騎士」の脅威から解放された英雄を称えた。 だが、その英雄——アルの姿は、どこの式典にもなかった。 彼は騎士の地位を捨て、辺境の境界線に小さな墓標を立て、ただ静かに守り続けている。 国を、民を、そして。 光の中に居場所を失った、もう一人の英雄の誇りを。




