鋼の挽歌:第一部
空は、どろりと濁った錆色に染まっていた。 かつて「王国最強の双璧」と謳われた僕たちの故郷は、いまや異界の魔気が渦巻く廃墟と化している。
瓦礫の山の頂に、男が一人、背を向けて座っていた。 漆黒の甲冑を纏い、禍々しい紫の炎を放つ大剣を無造作に地面に突き立てている。その背中を、僕は嫌というほど知っていた。
「……カイル。そこにいるんだろ」
僕の声に、肩が微かに揺れる。 ゆっくりと振り返ったその男の顔には、かつての快活な面影はなかった。右半分が黒い紋様に侵食され、瞳は濁った深紅に輝いている。
「遅かったな、アル。お前なら、もっと早く俺を殺しに来ると思っていたよ」
カイルの声は、地底から響くような不気味な震えを帯びていた。 三年前。北の境界線で魔王軍に包囲されたとき、彼は僕を逃がすために一人で殿を務めた。死んだと思っていた。国を挙げて彼を英雄として弔った。
だが、彼は生きていた。 魔の力をその身に宿し、昨日まで守っていたはずの民を、自らの剣で蹂躙する「魔騎士」として。
「どうしてだ、カイル。あの日、君が守ろうとしたのは、こんな地獄じゃないはずだ」
「ああ、そうだな。あの日、俺は確かに正義を信じていた」
カイルは立ち上がり、大剣を引き抜いた。 重い金属音が廃墟に響き渡る。
「だが、暗闇の中で泥を啜り、自分の肉が腐り落ちていく音を聴きながら理解したんだ。正義なんてものは、腹を空かせた獣の前では何の役にも立たない。光の下で笑っている奴らのために死ぬのが、どれほど馬鹿げたことか。……アル、お前も『こちら側』に来ればわかる」
「行けないよ。……君をそこに置いたまま、どこにも行けるはずがない」
僕は腰の聖剣を抜いた。 清冽な光が、錆色の空を僅かに切り裂く。かつて二人で切磋琢磨し、共に騎士の誓いを立てた剣だ。
「殺してでも連れ戻す。……それが僕の、最後の友情だ」
カイルの口元が、歪に吊り上がった。
「いいだろう。なら見せてみろ。その『光』が、俺の絶望に勝てるかどうかをな」
一瞬の静寂の後、二人の影が爆発的な速度で交錯した。




