飼育される幸福:第二部
閉じ込められてから、どれくらいの月日が流れたのか。 この部屋には時計がない。ただ、美咲が運んでくる食事の回数で、漠然とした時間を測るしかなかった。
「ねえ、拓海くん。これ、見て」
美咲が嬉しそうに一日の「報告」をしてくる。彼女の手元には、僕のスマートフォンがあった。 画面には、僕のSNSアカウントが表示されている。
「『しばらく一人で旅に出ます。探さないでください』。これ、拓海くんのふりをして投稿しておいたよ。友達のみんなも『あいつらしいな』って納得してた。あ、心配していた後輩の女の子には、私から直接伝えておいたから。拓海くんにはもう、決まった婚約者がいるから連絡しないでって」
美咲はくすくすと笑いながら、僕のスマートフォンのSIMカードを指先で取り出し、目の前でパチンと二つに折った。
「これで、拓海くんは社会的に死んじゃった。ねえ、嬉しいでしょ? 誰とも繋がっていない、私だけの拓海くん」
彼女の計画は、僕が思うよりずっと前から始まっていたようだった。 美咲は僕の部屋の合鍵をいつの間にか複製し、僕が寝ている間に、僕の人間関係や予定をすべて把握していたのだ。僕が知らない間に、彼女は僕の「外側」を少しずつ削り取り、孤立させていた。
「どうして、こんなこと……」
僕が力なく呟くと、美咲は僕の膝の上に這い上がってきた。 彼女の体温は驚くほど高いのに、その言葉は氷のように冷たい。
「どうして? 守るためだよ。拓海くん、前の彼女に浮気されて酷い目に遭ったって言ってたじゃない。あの時、泣きながらお酒を飲んでる拓海くんを見て、私、決めたの。もう二度と、この人を傷つかせない。傷つく理由を全部消してあげようって」
美咲の手が、僕の喉元を優しく、絞めるような仕草で愛撫する。
「浮気をされるのは、他に女がいるから。裏切られるのは、期待させる他人がいるから。だから、私以外を消せばいいの。そうすれば、拓海くんは永遠に傷つかずに済む。これ以上の純愛、どこにあると思う?」
彼女はカバンから、一冊の大学ノートを取り出した。 そこには、びっしりと僕の行動記録が書かれていた。何時にどこで誰と話したか、何秒目が合ったか。そしてその名前のいくつかには、太い黒線で×印が引かれている。
「この人たちはね、もう拓海くんに近づかないように『整理』しておいたから。大丈夫。みんな、拓海くんのことなんて、もう忘れてるよ」
整理。その言葉の響きに含まれる暴力的なまでの無慈悲さに、背筋が凍る。 美咲はノートを閉じると、僕の鎖に繋がれた足首に、そっと口づけをした。
「世界は、この部屋だけでいいの。ねえ、拓海くん。もうすぐ、もっと素晴らしいことが起きるよ」
彼女の瞳の奥に、得体の知れない光が宿っていた。




