愛の地引網作戦
「好きだ! 結婚してくれ、ミチコさん!」
公園の噴水前。鈴木は叫んだ。膝をつき、差し出した箱の中には――**「特大の生ズワイガニ」**が鎮座していた。
ミチコは一歩引いた。 「……鈴木君、普通そこは指輪じゃないかな?」
「指輪? ミチコさん、指輪は食べられないだろう! 僕は君に、タンパク質とミネラルを、そして何より『剥く手間』という名の愛を捧げたいんだ!」
鈴木は真剣だった。彼は、恋愛とは「共同作業」だと信じている。カニの足をハサミで切り、身をほじくり出す。その一連の泥臭い作業こそが、夫婦の絆を深めると信じて疑わない男だった。
「見てくれ、この脚の太さ! 僕の君への想いと同じ、身がぎっしり詰まっている!」
ミチコは困惑しながらも、周囲の視線に耐えきれず言った。 「わかった。わかったから、とりあえずそのカニを鞄にしまって。通行人がさっきから『カニ男だ』って指差してるから」
「カニ男……! 最高の褒め言葉だ。僕は君のためなら、横歩きだって厭わない!」
鈴木はその場で、カニさながらのキレのあるサイドステップを披露した。 あまりの必死さに、ミチコはついに吹き出した。
「ふふっ。鈴木君って、本当にバカね。……でも、高級な指輪を買うために借金されるよりは、実用的なカニの方がマシかもしれないわ」
「ミチコさん! ということは!」
「結婚はまだ先だけど、今日の夕飯はカニです、っていう契約なら結んであげる」
「やった! 最高の契約だ! 三杯酢は僕が用意してある!」
鈴木は嬉しさのあまり、カニを掲げて噴水の周りを三周走った。 その様子を眺めながら、ミチコはスマホで「カニの殻 捨て方 自治体」と検索し始めた。
二人の愛は、三杯酢のように少し酸っぱく、そして確かに濃厚だった。




