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短編集  作者: 歌を忘れたカナリア


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18/26

止まった時計と、君の不在(後編)


気づいた時には、ハルは家を飛び出していた。 「ハルくん!?」と呼びかけるアオの母親の声も、今は背中で遠のいていく。


蝉時雨を切り裂くようにして、ハルは自転車を漕いだ。向かう先は、町外れの古い児童公園。その裏手に広がる、大人たちからは「危ないから」と入るのを禁じられていた雑木林だ。


子供の頃、二人はそこを『秘密の王国』と呼んでいた。


「……はぁ、はぁっ……!」


汗が目に入り、視界が滲む。 森の入り口に着くと、かつての記憶を頼りに、地図が指し示す「大きなクヌギの木」を探した。生い茂る草をかき分け、進むこと数分。そこには、幹に傷がついた一本の巨木が立っていた。


根元を見ると、不自然に積み上げられた石がある。 ハルは必死に石をどけ、湿った土を素手で掘り返した。爪の間に泥が入り込んでも構わなかった。


やがて、カチリと硬い音が響く。 掘り出したのは、錆びついた小さなスチール製の缶だった。


震える指で、ポケットの中の鍵を差し込む。 錆びのせいで回りにくかったが、力を込めると、カチリと乾いた音を立てて蓋が開いた。


「……これ、は……」


中に入っていたのは、古びたビデオカメラのSDカードと、一枚のポラロイド写真。 写真は、まだ幼い頃のハルとアオが、この場所で笑っているものだった。


そして、その裏には走り書きでメッセージが添えられていた。


『ハルへ。 これを読み返している時、私たちは何歳かな? もし私が、君に「好き」って言う勇気が出せなかったら、このカードの中身を見てね。 そこに、私の全部を隠しておいたから』


ハルはその場に崩れ落ちた。 彼女は、ずっと前から伝えたかった言葉を、物理的な「形」にして残していたのだ。 だが、今のハルには、そのSDカードを再生する勇気が出なかった。


空はいつの間にか、泣き出しそうな茜色に染まっていた。

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