表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
短編集  作者: 歌を忘れたカナリア


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/13

遺失物のゆくえ


 十年間連れ添った妻が、一通の書き置きを残して消えた。 「もう、空っぽになってしまいました」  たった一行。心当たりは、ありすぎるほどにあった。


 彼女がいなくなった部屋で、男は残された「思い出」を処分することにした。重い腰を上げたのは、彼女が去ってから三ヶ月が経った、ひどく冷え込む冬の朝だった。


 クローゼットの奥から引き出した段ボール箱には、付き合っていた頃の手紙、旅先で買った不格好な置物、結婚式の写真立て、そして、二人の間に生まれるはずだった子供のために、彼女が編みかけていた小さな靴下が入っていた。


 五年前、その命が零れ落ちてしまったあの日から、彼女の時間は止まっていたのだと、男は今さら気づく。自分は「前を向こう」という言葉で、彼女の悲しみに蓋をし、無理やり引きずり回してきただけだった。


 指先に触れる布の感触や、写真の中の眩しすぎる笑顔が、鉛のように指先に絡みつく。袋がいっぱいになるたび、部屋は広くなるはずなのに、空気はどんどん重く、息苦しくなっていった。


 ゴミ集積場に指定の袋をいくつか置く。カサリ、と乾いた音がして、自分たちの十年間がアスファルトの上に無造作に転がった。


 部屋に戻ると、そこには完璧な静寂があった。埃一つない床。整えられたシーツ。男はふと、壁にかけられた鏡を見た。


「ああ、そうか」


 彼女が言った「空っぽ」という言葉の意味が、ようやくわかった。彼女の悲しみを「重い」と疎んじ、共有することを拒んだ自分の傲慢さが、彼女を空っぽにし、そして今、自分をも空っぽにしたのだ。


 キッチンには、彼女が愛用していたマグカップが一つだけ、ぽつんと残っていた。不燃ごみの袋に入れ忘れたものだった。


 彼はそのカップを抱きしめ、冷え切った床に崩れ落ちた。捨ててしまった袋の中身よりも、手元に残ったこの小さな陶器の重みが、今の彼には耐え難いほど重かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ