誘惑のサキと、鋼鉄の脳内メーカー
カズキの部屋。テスト勉強という名目で集まった二人だが、サキの狙いは別にあった。今日のサキは、あえて「お風呂上がり」を演出するため、少し濡れた髪と、肩が大胆に開いた部屋着で勝負に来ていた。
(今日こそ、このバカの理性をぶち壊してやるわ……!)
サキはわざとカズキの隣にぴたりと座り、耳元でしっとりと囁いた。
「ねえ、カズキ……。なんだかこの部屋、暑くない? 私、ちょっと……のぼせちゃったみたい」
サキは顔を赤らめ、はだけた襟元をパタパタと仰いで見せた。普通の男子なら、ここで視線のやり場に困り、生唾を飲み込む場面だ。しかし、カズキは教科書から目を離さず、深刻な顔で呟いた。
「……やっぱりか。俺もさっきから思ってたんだ」
「えっ? (ついに来た!?)」
カズキはガバッと立ち上がり、窓を全開にした。
「サキ、お前も気づいたか! この部屋、二酸化炭素濃度が上がりすぎてるんだよ! 脳に酸素が回ってない証拠だ。お前のその顔の赤さは、典型的な酸欠の症状だぞ!」
「違うわよ! 生理的な反応よ!」
「バカ言え! 放置したら意識を失うぞ。よし、サキ。深呼吸だ! 吸って、吐いて! 腹式呼吸で細胞を活性化させるんだ!」
カズキはサキの肩を掴み、全力で深呼吸の指導を始めた。サキの「色気」は、カズキの「換気への情熱」に完全に打ち消された。
「……もういいわよ。それより、ちょっと喉乾かない? 私、マンゴーの甘いジュース買ってきたんだけど……一緒に飲まない?」
サキは最後の手段として、ストローを一本だけ刺したカップを差し出した。いわゆる「間接キス」の強制イベントである。
「おっ、サンキュー! ちょうど喉がカラカラだったんだ」カズキはカップをひったくると、ストローを抜き取り、カップの蓋をバリバリと剥がした。
「サキ、知ってるか? ストローで飲むより、直接ガブガブ飲んだほうが、喉ごしが良くてリフレッシュ効果が 3 倍(当社比)なんだぜ!」
カズキはマンゴージュースを豪快に飲み干し、プハァー!と満足げに笑った。
「……あんた、それ、私がさっきまで使ってたストロー……」
「ん? 汚れてたか? 大丈夫、俺は細かいことは気にしない主義だ。それよりサキ、見てくれ! このマンゴーのビタミン成分、筋肉の疲労回復に最高らしいぞ。よし、お礼に今からスクワットの補助をしてやる!」
「…………」
サキは、窓から入ってくる冷たい夜風に吹かれながら、静かに教科書を閉じた。彼女の恋心という名の炎は、カズキの「健康管理能力」という巨大な消火器によって、今日も跡形もなく消し止められたのであった。
「ヨシオ……。やっぱり、こいつ一回埋めていいかな……」
サキの独り言は、スクワットの回数を数えるカズキの元気な声にかき消された。




