勇者サトシと、沈黙の目覚まし時計
『勇者サトシと、沈黙の目覚まし時計』
サトシにとって、今日という日は人生の正念場だった。 朝9時。第一志望企業の最終面接。ここを逃せば、彼の履歴書には「趣味:公園のハトとの対話」という空白期間がさらに刻まれることになる。
「いいか、サトシ。昨日の夜、お前は5つのアラームをセットした。バックアップは完璧だ」
午前8時。サトシは勝利を確信して目を開けた。 しかし、部屋が妙に静かだった。
枕元のスマホを見る。画面は真っ暗。充電ケーブルが、コンセントから数ミリだけ浮いている。 「……絶望の、隙間……」
サトシは飛び起きた。時計は8時15分。家を出るまで残り15分。 彼は超高速で動いた。トーストを口に放り込み、同時に靴下を履く。右手で歯を磨きながら、左手でネクタイを締める。その姿はさながら、千手観音のパントマイムのようだった。
「いける、まだ間に合う!」
彼は家を飛び出し、駅まで全力疾走した。心臓が口から飛び出しそうだが、ハトと対話していた日々で鍛えた脚力が火を吹く。改札を抜け、ホームへ滑り込む。
電車が来た。サトシは安堵の溜息をつき、窓に映る自分の姿を見た。
「……ん?」
バッチリ決まったスーツ。 きれいに整えられた髪。 そして、足元には、左右で色の違うサンダル(クロックス)。
さらに追い打ちをかけるように、車内放送が流れる。 『本日は日曜日です。休日ダイヤでの運行となっております……』
サトシは膝から崩れ落ちた。 面接は明日だった。
「……ハトさん、明日もよろしくな」
彼は静かに、サンダルで家路についた。




