『混入点を探せ』
簡易熱源キットの配布によって、
前線の凍死は一時的に防げた。
だが――問題は何一つ解決していない。
燃料は依然として“燃えない”。
混入地点は特定できない。
補給線の信用も揺らいだまま。
氷点下五十五度の暗闇の中、
俺――ユーリ・コールドウェルは静かに地図を見つめていた。
「混入地点を探すには、通常の検査では足りない……」
副官が不安げに口を開く。
「中佐……
補給線は延々と続いていますし、
各補給班に裏切り者がいる可能性も……」
「いない」
俺は即答した。
「この寒さで裏切りが成立するわけがない。
裏切り者は“自分の補給”も危険にさらす」
「じ、自分も……?」
「当たり前だ。
燃えない燃料を送れば、
その影響は必ず自分の地点にも返ってくる」
アニエスが腕を組んで言う。
「つまり、味方による混入の可能性は低いってことね」
「ああ。
混入地点は“敵の手が届く位置”に限られる。」
地図を照らし、補給線の全体をなぞる。
「まず、ここ――第壱四補給拠点。
ここは警備が厚すぎる。混入は不可能」
「じゃあ、第弐補給拠点?」
「そこも違う。
あそこは寒波直撃で、燃料に触れた瞬間に凍傷だ。
敵部隊が入り込める余地がない」
地図の上に、赤い線を描いていく。
「混入が可能な地点は、三か所に絞られる」
アニエスが息を呑む。
「三か所も?」
「いや、“見える三か所”だ。
本命はそのうちの一つのみ」
俺は、地図の一角を指で強く叩いた。
「ここだ。
第八中継所――吹雪地帯の外れ」
「なぜそこだと思うの?」
「三つ理由がある」
俺は指を折り、説明する。
「壱つ。
ここは気象監視塔の死角にあり、
視界が悪い日は三時間以上“監視が途切れる”。」
「……たしかに、死角が多いわね」
「弐つ。
ここは“燃料の積み替え”が行われる地点だ。
タンクが一度開く。
その瞬間、混入が可能だ」
「なるほど、作業の混乱もあるし……」
「そして――参つ。」
俺は地図を指で円を描いた。
「ここは、『敵の偽装車両』が最も出現しやすい地点でもある」
アニエスは目を見開いた。
「……つまり。
これまでの偽装や蛇行も、
ぜんぶ“この混入地点へ注意を向けさせないためのノイズ”?」
「ああ。
“毒補給の本命地点を隠すための全作戦”だった。」
副官の顔が青ざめる。
「中佐……
イゴールは、そこまで計算して……?」
「いや、計算はしていない。
“人間の弱さ”を使った結果だ」
アニエスが息を呑む。
「弱さ……?」
「この地点は――
『吹雪で作業が遅れ、焦る』
『寒さで視界が悪く、確認を怠る』
『疲れで慎重さが失われる』
――そういう“脆さ”が重なりやすい場所だ」
俺は低く言い放つ。
「イゴールはその“脆さ”を逆手に取った。
毒を入れるなら、ここしかない」
アニエスは拳を握りしめた。
「じゃあ、すぐに調査隊を送らなきゃ!」
「待て」
俺は彼女の腕を握り、制した。
「ここは吹雪地帯の端。
今突入すれば、逆に“餌食”になる。
敵は必ず“混入地点に近づく者”を警戒している」
「……じゃあどうするの?」
「こちらも“囮”を使う」
アニエスが目を細める。
「囮……?」
「イゴールの心理戦には、
イゴールの心理戦で対抗する」
俺は凍った窓の外を見つめながらつぶやいた。
「――奴の“思考の癖”を読み切る」
その時、遠くで吹雪が唸り声をあげ、
まるで氷の悪魔が囁いたように聞こえた。




