『氷上の異常軌道』
敵補給線の燃焼異常が発覚した翌日。
俺――ユーリ・コールドウェルは、前線監視所から届いた映像を確認していた。
しかし、その映像は常識外れだった。
「中佐! 敵車列が……妙な動きを!」
副官が驚きの声を上げ、映像を拡大する。
そこには――
蛇のように左右へ揺れ動く補給トラックの列。
吹雪でも凍土の地形でもない。
明らかに“自分から迷走している”。
「……何だ、これは?」
「故障でしょうか」「道に迷った……?」
周囲の将校たちがざわめくが、
俺だけが違和感をはっきりと感じていた。
「違う。これは“意図的”だ」
ざわり、と空気が揺れた。
「意図的……ですか?」
「あの蛇行は“不規則すぎる”。
あれでは補給効率が落ちるうえ、時間も燃料も浪費する」
「なら、なぜ……?」
「理由は一つだけだ」
俺はモニターを指差し、はっきり言い放つ。
「囮だ。
こちらの計算を乱すための」
アニエスが横で目を細めた。
「囮……つまり、本命は別の場所ってこと?」
「ああ。
敵は《目立つ動き》で我々の注意をひきつけ、
《本当の補給車列》を他のルートから通す気だ」
将校たちが焦り始める。
「ではどこに本命が!?」「分散して迎撃すべきか?」
「慌てるな」
俺は静かに地図を開き、指で一点を示す。
「本命は、ここだ」
「……どうしてそこだと?」
「蛇行ルートが“やたら丁寧に”こちらへ見せつけてくるからだ。
逆に言えば、ここは一切“見せない”。
さらに――」
別データを重ねて示す。
「この地点だけ、夜明け前から“排気の濃度”が高くなっている」
アニエスの目が大きく見開かれる。
「排気が濃い……って、積載量が多い証拠じゃない!」
「そのとおり。
重い本命は静かに進む。
軽い囮は派手に迷走する。
論理的な構造だ」
アニエスは即座に決断した。
「偵察班、指定地点へ急行!
囮は無視、本命を捕らえる!」
《了解!》
数分後――
《報告! 本命の補給車列を確認!
規模は蛇行車列の“倍以上”!》
「……来た!」
アニエスが拳を握り、司令部に緊張が走る。
「迎撃隊、配置につけ!
本命を叩く!」
――一時間後。
《敵補給車列、半壊! 撤退中!》
「作戦成功です! 中佐!」
副官が歓喜の声を上げた。
「囮を見抜かれた敵は、対処が遅れる。
こちらの勝ちだ」
俺は淡々と告げたが、胸の奥には確かな熱があった。
この勝利は――完全に“読み勝った”勝利だった。
アニエスが振り返り、笑う。
「ユーリ……あなた、本当に恐ろしい人ね。
敵の嘘を一瞬で暴くんだから」
「嘘は数字に現れるだけだ」
「そういうところよ、その言い方」
アニエスは呆れながらも、どこか誇らしげだった。
だが――この勝利は、遠く離れた凍土のどこかで、
ひとりの男の興味を強烈に引きつけていた。
分厚い毛皮のコートを揺らしながら、
巨体の男は薄く笑う。
「……面白ぇ。
“北の計算士”か。
なら、次は俺の番だな」
氷の悪魔――
イゴール・ストルコフ。
彼が動き出す気配が、凍土の風に混じって広がっていった。




