『凍土に立つ者』
【凍土・ユーリ視点】
凍てつく風が顔を刺す。
これほど冷たい世界に、
自分の身を置いたことは――一度もなかった。
(……寒い……
頭が、痛い……
視界が……揺れる……)
前線の兵たちは、
こんな地獄を毎日耐えていたのか。
わずか数歩で、理解した。
(俺は……ずっと知らなかった……
計算の外にある、戦場の温度を……)
吹雪をかき分け、凹地へ向かって進む。
その時――
白い影が横切った。
反射的に身を捻る。
ザシュッ!!
氷の刃が頬をかすめ、血が冷気で凍る。
(速い……!
これが、氷走隊……!)
足音も気配も、風に溶ける。
予測が通じない。
未来の線が乱れる。
「中佐!!」
後方で護衛兵が叫ぶ。
「前へ出すぎです!!
囲まれ――」
「いい、下がれ!!」
俺は手を上げて制した。
(……ここは俺の戦場だ)
氷走隊が、雪煙の中から三体浮かび上がる。
その動きは――線ではなく、面。
乱流そのもの。
(読めない……
だが……“読もう”とするから読めないんだ……)
アニエスが言っていた。
「あなた、数字じゃないところを見る方が上手いのよ」
(だったら……
数字じゃなく、“動きそのもの”を見る)
氷走隊が一斉に飛びかかる。
ガンッ!!
刃が腕の装甲を削り取り、
冷気が骨に触れた。
「ッ……!」
息が詰まる。
(痛い……怖い……
でも……やるしかない……!)
一本の風の柱――
イゴールが作った“揺らぎの中心”が頭に浮かぶ。
(氷走隊の動きは、風の中心から流れる線に沿う……
その“影”だけを見ればいい)
氷走隊の跳躍が重なった瞬間、
俺は雪中に転がって転位し、影の外へ抜けた。
ドシュッ!!
三体は互いに衝突し、動きが止まる。
「今だ!!」
護衛兵たちが射撃。
氷走隊が一体、雪へ沈む。
(……やれる……!)
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【凹地・アニエス視点】
遠くから銃声と叫びが響いた。
(ユーリ……!
本当に、来たのね……!)
イゴールが雪の上から動かず、
ただ静かに風を読んでいた。
「来たぞ、アニエス。
お前が呼んだ男が」
「呼んでなんか……!」
「呼んでいる。“行かせたくない”という祈りほど――
男を前線に立たせる風はない」
(どういう、理屈……よ……!)
氷走隊がアニエスへ迫ろうとした瞬間――
バンッ!!
銃声。
氷走隊の一体が倒れた。
「アニエス!!」
吹雪を裂いて、ユーリが駆けてきた。
(馬鹿……!
なんで……!)
「間に合ったか!」
「なんで来たのよ!!
あなたが死んだら、本部は……!」
「本部は……皆が守っている」
彼の声は震えていた。
「アニエス……
俺は、どうしても……お前を失いたくなかった」
胸が熱くなる。
(そんな……
そんな理由で……
戦場に来るなんて……!)
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【イゴール視点】
イゴールは、静かに手を叩いた。
「見事だ。
ユーリ・コールドウェル。
ついに……“戦場に立った”な」
ユーリがアニエスを背に庇うように前へ出た。
「イゴール・ストルコフ……
お前の遊びに、兵を巻き込むな」
「遊び……?
いや、これは試練だよ」
「何……?」
イゴールは凍土に片膝をつき、
その掌で雪を掬う。
「兵站戦とはな……
“意志を扱う戦争”だ」
ユーリが眉をひそめる。
「意志……?」
「効率でも予測でもない。
お前の兵たちが、なぜ今も本部で戦い続けられると思う?」
ユーリは言葉を失う。
「お前が戦場に“いなかったから”だよ」
(どういう意味だ……?)
イゴールは続けた。
「後方に完璧な者がいると分かっている兵は――
“自分も完璧でなければ”と思い、砕ける。」
「……!」
「だが前線に立つ姿を見れば、
兵の意志は変わる。“支えたい”と。」
それは――
ユーリ自身がまだ理解していないこと。
「ユーリ。
私はお前を“前に出すため”に、この戦場を作った」
アニエスが震える。
「それが……あなたの目的……?
人を……巻き込んで……!」
「戦争とは、意志の転換だ。
お前が前線に立つだけで……北方軍は変わる」
イゴールの目が細くなる。
「さあ、ユーリ。
ここからが――
第一部の、本当の戦いだ。」
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【凍土・ユーリ視点】
(この男は……
俺が“変わる瞬間”を待っていた……?)
吹雪が二人の間で渦を巻く。
俺はアニエスを振り返った。
「アニエス。
大丈夫だ。
俺が守る」
「……ほんとに……来てくれたのね……」
震える声。
(大丈夫……
今度は……失わない)
俺はイゴールを真正面から見据えた。
「……イゴール。
お前の戦い方は理解した。
だが――負けない」
「それでいい」
イゴールが指を鳴らした。
氷走隊六体が、同時に跳躍。
凍土が一斉に裂け、
第一部最大の衝突が幕を開けた。
「来い、ユーリ・コールドウェル!!」




