『不自然な燃焼率』
翌朝。
俺――ユーリ・コールドウェルは、夜明け前から前線の稼働報告を確認していた。
だが、その数値を見た瞬間、思わず眉が動く。
「……これはおかしい」
暖房車両の燃料消費が、明らかに“少なすぎる”のだ。
本来なら八時間で半分以上減るはずの燃料が、
たった三割しか消費されていない。
副官が首を傾げた。
「省エネ技術でも使ったのでしょうか……?」
「いや、この気温で燃料が減らないなど“有り得ない”
むしろ――」
俺は端末を指でなぞる。
「“消費を誤魔化している”と考えるほうが自然だ」
「そ、そんな……!」
そこへ足音が近づき、扉が開く。
「ユーリ! 来たわよ!」
アニエス少佐だ。今日も寒風を切って来たらしく、髪に氷の粒がついている。
「どうした?」
「昨日、敵の車両をひと台捕獲したの。
でね、整備兵が言ったのよ……“燃料タンクの底に変な膜がある”って」
「膜?」
「ええ。“薄すぎる油膜”よ。
どう見ても普通の燃料じゃない」
俺は画面とアニエスの報告を照合し、結論を出した。
「……敵は燃料に“何かを混ぜて”いる」
「混ぜる……って、どういうこと?」
「消費を少なく見せかけるためだ。
つまり、奴らの補給線はすでに限界に近い」
アニエスの表情が険しくなる。
「じゃあ敵は“余裕がある”ように見せかけてるだけなの?」
「その通りだ。
だがこれは、まだ“序章”だ」
俺は地図を広げ、計算結果を指し示す。
「アニエス。
敵補給線が崩れる地点は……ここだ」
「ここ? 私たちの索敵範囲の端じゃない」
「だからこそ見逃しやすい。
だが燃焼データの異常はすでに“破綻の前触れ”だ」
アニエスは歯を食いしばった。
「偵察を飛ばすわ。
敵の補給が本当に止まるか、確かめる」
「ああ。急げ。
崩れる時は一気だ」
アニエスが部隊に指示を飛ばし、偵察班が雪原へ向かった。
――数時間後。
《報告!
敵補給車列、エンジン停止多発!
燃料切れと推定!》
「やっぱり来た……!」
アニエスが声を上げた。
「完全に当たったわ、ユーリ!」
「誤魔化しは、本物の数字に勝てない」
だが、報告は続いた。
《ただし……敵が短距離部隊を増援に投入。
こちらの奇襲隊、押し返されています!》
アニエスが顔色を変える。
「まずいわ! 敵、すぐに立て直してきたの!?」
「……動きが早すぎる。
あの状況で即応できるのは、普通ではない」
俺は端末を握りしめた。
敵の補給が破綻する地点を読んだのは正しい。
しかし――
“破綻する瞬間に合わせて、敵が予備戦力を投入していた”
その事実が、胸に不気味な影を落とす。
「ユーリ……まさか、敵は“あなたの予測”に気づいてる?」
「分からない。だが……」
喉の奥が冷たくなる。
「これは“偶然”ではない。
誰かが……俺の計算を逆手に取っている」
「……氷の悪魔、イゴール・ストルコフ?」
「まだ確証はない。だが……これは“敵の本当の戦い方”だ」
燃料偽装、補給線の誤魔化し、そして破綻を予測した瞬間に仕掛ける反撃。
ただの兵站戦ではない。
“心理の兵站”が始まった。




