『白き包囲、黒き決断』
【アニエス視点】
風壁を背に走る救助隊の動きが、
徐々に鈍り始めていた。
「少佐! あと二百メートルで本部です!
しかし……後方が……!」
雪煙の奥で揺れる四つの影。
氷走隊の気配が濃くなっていく。
息の音すら聞こえないのに、
その存在だけは皮膚が覚える。
(まだ追ってくる……!
風壁を越えて……!)
「走れ!!
本部の迎撃陣がこっちを向けるまで持たせる!!」
「了解!!」
救助隊は必死に速度を上げるが、
氷走隊は歩幅ひとつで距離を詰めてくる。
影が、一つ、風壁を突破した。
(来た……!)
その瞬間――
轟ッ!!
本部方向から砲撃音が響いた。
「迫撃砲……!?
ユーリ……本部が攻撃されてるの……!?」
アニエスの胸が凍りついた。
(早く……!
間に合って……!!)
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【ユーリ視点】
本部の防壁が揺れ、警報が鳴り響く。
「南方二キロ! 敵迫撃砲陣!
弾着が本部近くに集中しています!!」
「この風向き……弾道が補正されている。
“吹雪そのものが照準器”になっている……!」
(イゴール……お前は風を武器にしてきたか)
戦況は最悪だった。
救助隊はまだ帰還途中。
本部は砲撃で揺れて崩壊寸前。
敵影は増え続ける。
計算だけでは支えきれない領域に踏み込んでいる。
「中佐! 本部機能、三割ダウン!
このままでは……!」
「分かっている」
俺は端末を閉じた。
計算を、止めた。
副官が驚愕の声を上げる。
「ち、中佐!?
データを見ないで何を……!」
「計算だけでは追いつかない。
“判断”を優先する」
「判断……?」
「ああ。
状況が崩れるなら――
俺も“崩して”対応する」
副官の表情が引きつる。
(ここからは……計算ではなく、“決断”が必要だ)
本部と前線の物資循環図が脳裏に浮かぶ。
本部の北側に風壁。
南側から包囲。
そして――
本部のすぐ手前、わずか三百メートル南西に位置する“第二物資庫”。
本部への最後の中継地点。
イゴールにとっても「見た瞬間に狙いたくなる場所」。
(……ここだ)
「副官」
「は、はい!」
俺は地図上の一点――
“本部の手前にある第二物資庫”を指さした。
「ここを捨てる」
「なっ……!?
本部の“すぐ手前”にある第二物資庫を……ですか!!?」
副官は叫び声に近い声を上げた。
「ちょ、ちょっと待ってください!
あそこは本部と前線を繋ぐ“中継地点”ですよ!?
ここを捨てたら、本部の補給線が――!」
「分かっている。
だが、敵も同じことを考える」
俺は静かに言った。
「“本部直前の物資庫”は、敵が最優先で落としたい場所だ。
ならそこへ誘導すればいい。
第二物資庫を囮にし、本部の位置を“風で偽装する”。」
副官の瞳が揺れる。
「……そ、それは……
物資を……犠牲にするということですか……?」
「違う。“生かす”んだ。
第二物資庫に残した物資が風に巻かれれば、
吹雪の線が乱れる。
イゴールの読みは狂う」
副官は言葉を失った。
「中佐……
あなたが……計算ではなく……
“戦う意思”で動いている……?」
「そうだ。
本部を守るには、ただの数字では足りない」
(物資は数字ではない。
兵を守るために使う――それが今の最適)
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【イゴール視点】
吹雪の中を進みながら、
イゴールは風の流れを読み解いていた。
「……動いたな。
ユーリ・コールドウェル」
風の線が、わずかに“ズレた”。
「第二物資庫……本部の手前にある“中継拠点”を捨てるとは……」
氷走隊の隊長が近づく。
「将軍、追撃を続行しますか?」
「いや。
ユーリは、囮で我々を誘導する気だ」
「罠……ですか?」
「罠だ。
だが――それでいい」
イゴールは口元をわずかに緩めた。
「数字の男が、数字を捨てた。
ここからが“本当の戦場”だ。」
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【アニエス視点】
救助隊は風壁を通過し、
本部が視界に入った。
「見えた……!!
本部だ!!」
「あと百メートル!!」
アニエスは胸を撫で下ろした。
(間に合った……!)
だが次の瞬間――
ドンッ!!
本部外壁が砲撃で崩れた。
「なっ……!」
アニエスの心が凍りつく。
(ユーリ……!
早く……!!)
氷走隊の影が、再び迫ってくる。
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【ユーリ視点】
「全砲門、第一射準備!!」
「照準よし!!」
「撃て!!」
轟――ッ!!
反撃の砲火が南方の迫撃砲陣を焼いた。
(ここからだ……
反撃を始める)
「全隊に通達。
本部防衛戦――開始する」
吹雪の向こうで、
敵兵の黒い影が動き出した。
(イゴール……
お前の包囲を破る)
その意志が、凍土に静かに響いた。




