『包囲の輪が閉じる時』
救助隊が退避を続ける中、
吹雪の色が、ゆっくりと“濃く”変わっていくのを感じた。
「……空気が重い……?」
「少佐、周囲の気温が一段下がっています!
氷走隊の増援かもしれません!」
返り血のように、吹雪が赤黒い影を連れていた。
(増援……!
ユーリが風壁で動きを抑えたばかりなのに……)
氷走隊二体が、風壁の手前で足を止めた。
だが背後に、さらに二体の影が現れる。
特殊な装束。
身体から湧き上がる白い蒸気。
空気を震わせる“低体温特有の音”。
「四体……!?
そんな数、聞いてない……!」
(イゴール……
本気で“この場所”に戦力を集めてる……!)
アニエスは震える腕で、
救助隊の肩を強く掴んだ。
「急いで……!
ユーリ、本部が危ないのよ……!」
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【ユーリ視点】
「敵影が増加しています!
先ほどまでの二倍……いえ、三倍です!!」
部下の報告に、俺は歯を噛んだ。
(やはり……
イゴールの本命は“本部包囲”か)
端末に表示された風の地図は、
まるで黒い輪が収束していくように見えた。
吹雪の線は……敵軍の進行方向を示す。
風の乱れ方が、明らかに人為的だ。
「中佐……どうします?
本部を移動させますか?」
「不可能だ。
あの風では輸送車両が進めない。
防衛線を敷くしかない」
(動けないということは……
“ここで戦うしかない”)
副官が震える声をあげた。
「こ、こんな状況……!
本部が正面から狙われるなんて……!」
「イゴールは俺を狙っている。
本部を落とす気ではない。
“孤立させる”気だ」
「……ユーリ中佐を、ですか」
「ああ。
俺だけを切り離せば、
北方軍は“兵站の心臓”を失う」
吹雪が、その言葉に呼応するように唸った。
(イゴール……
お前は本気で、俺を戦場に引きずり出すつもりだな)
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【アニエス視点】
風壁が近づき、救助隊の背に吹雪が叩きつける。
「少佐、前方六十メートルで風向最強域です!
あそこを抜ければ本部側へ戻れます!」
「急いで……!
氷走隊が……追ってきてる!」
振り返ると、四体の影が風壁の揺らぎを押し分けて進んでくる。
動きに迷いがない。
風壁があっても、関係なく追ってくる。
(……どうして……
あの温度帯は苦手なはずなのに……)
その理由は――
すぐに理解した。
(装備……!
氷走隊の“耐冷処置”が強化されてる……!)
イゴールが、
「ユーリの策を上回るために」
本気で準備してきた証だ。
(ユーリ……早く……!)
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【ユーリ視点】
風の線が、本部の周囲で“円”を描いた。
副官が蒼白になる。
「ゆ、ユーリ中佐……
これ……“包囲”です……
風向そのものが……敵の動きに合わせて……!」
「そうだ。
イゴールが“風を読んでいる”のではない。
風を“味方の進路に変えている”」
風が敵を助けている。
その異様な光景に、
俺自身も背筋が寒くなる。
(ここまで大規模な風向誘導……
南方軍の気象班を総動員しているのか……?
いや……それでも説明がつかない)
イゴールの声が脳裏に蘇る。
「最善とは何だ?
数字か、人か?」
(……人を使うことを恐れないイゴールなら――
“人命を燃やしてでも風を変える作戦”をやる)
吐き気がした。
だが、今は吐いている時間もない。
「副官。
全隊に伝えろ」
「は、はい!」
「これより本部周囲に“三重の防衛線”を敷く。
一つでも破られれば、本部は落ちる」
「三重……!?
そんな陣形、維持できるのですか!」
「できない。
だからこそやるんだ」
(時間稼ぎでは意味がない。
全包囲を“真正面から止める”しかない)
「今ここで止める。
イゴールの包囲を“計算ごと粉砕”する」
拳を握った瞬間――
遠方から重い振動が轟いた。
「な、なんだ今の音は!?」
「迫撃砲です!!
敵、本格的に本部を狙ってきます!!」
ついに――
本部防衛戦が始まった。
(アニエス……急いで戻ってこい。
ここからは……俺一人では持たない)




