『白き罠の中心で』
【アニエス視点】
氷走隊二体が、
白い獣のように救助隊へ迫る。
「前方の一体、来るぞ!!」
「下がれ!! 少佐を囲め!!」
救助隊の叫びが吹雪に裂けるが、
氷走隊はまるで音を吸い込むように静かだ。
雪を踏む音すらない。
ただ、風切り音だけが耳に刺さる。
(近い……来る……!)
一体が跳躍。
救助隊の頭上を越え、アニエスへ一直線。
「ッ!!」
その瞬間――
氷走隊の背を、別の影が踏みつけた。
イゴール・ストルコフだ。
「落ち着け。
まだ“捕まえる時”ではない」
氷走隊が一瞬で動きを止める。
アニエスは震えながら睨んだ。
「……何が目的なの……」
イゴールはゆっくりと視線を落とし、
氷の面に触れた。
「ここは戦場ではない。
“実験場”だ。」
「実験……?」
「そうだ。
北の計算士――ユーリ・コールドウェルの
“限界点”を探るためのな。」
「……っ!」
「彼はあまりにも優秀だ。
補給線を短縮し、風孔を読み、
氷走隊すら振り切れる救助ルートを作る。
だが――」
イゴールはアニエスに近づいた。
「救えない“状況”を与えたら、どう動く?」
アニエスの胸がひやりとした。
「それが……あなたの目的……?」
「そうだ。
人は“助けられない命”を前にした時――
心が折れる。
そこから“勝敗”が生まれる。」
イゴールの声は穏やかだった。
しかし、それこそが恐ろしい。
「安心しろ。
お前は死なない。
あくまで餌だ。」
アニエスは、歯を食いしばって言い返した。
「ユーリは……折れたりしない……
あなたの思うようには……ならない!」
「ふむ。それを決めるのは彼自身だ」
【ユーリ視点】
風向の“線”が乱れている。
吹雪が全方向へ散るように見え、
氷走隊の動きが消えてしまっていた。
(これ以上は……計算がもたない……!
視界情報ゼロ。
温度波形は“揺らぎ”だらけ。
救助隊の位置はかろうじて把握できても、
氷走隊とイゴールは完全に見えない。
(この状況を……
イゴールは“意図的に作った”……)
「中佐!! どうしますか!!」
副官の声が震える。
(どうする……?
答えが出ない……
計算が……割れる……)
胸が苦しくなった。
頭の中で式が崩れていく。
(まずい……
これは……“恐怖”だ)
しかし――
胸の奥に浮かんだ顔があった。
(アニエス……)
ここで立ち止まれば、
彼女はもう帰ってこない。
(計算が崩れるなら……
“逆算”するしかない)
俺は深く息を吸った。
「救助隊――動くな」
《え……?》
「イゴールは“俺を動かしたい”。
ならば、救助隊を動かした時点で罠だ。
逆に……動かなければ、
イゴールの動きが必ず変わる。」
副官が息を呑んだ。
「彼の狙いは……“あなたを呼び寄せること”……!」
「そうだ。
だから救助隊は静止しろ。
その瞬間に生じる“風のゆらぎ”で、
イゴールの位置を割り出す」
崩れていた式が――
少しずつ形を取り戻していく。
(動きの“原因”が読めないなら、
“結果”から逆算すればいい)
【アニエス視点】
イゴールが足を止めた。
「……ほう」
吹雪の線が、わずかに揺れる。
「動かなくなったな……救助隊が」
アニエスの心臓が跳ね上がった。
(ユーリ……!
気づいたの……!?)
イゴールが笑う。
「やはり優秀だ。
ならば次の段階に移ろう。」
氷走隊が、アニエスへ一歩近づいた。
「――来るなッ!!」
救助隊が即座に前に出る。
しかしイゴールは首を振った。
「いや。お前たちには興味はない」
そして、低く宣言した。
「ユーリ・コールドウェル。
お前の居場所は――もう割れている。」
【ユーリ視点】
端末が震えた。
《警告:不明な解析信号が届いています!!
中佐の現在位置の座標が……外部に“読まれています”!!》
「……ッ!!」
(イゴール……
俺の“逆算”を、逆算してきた……!?)
恐怖ではなかった。
ただ、悟った。
(これは……戦争ではなく、“対決”だ)
吹雪の線が……
ユーリの位置を包囲するように収束していく。




