『氷影の追撃』
【アニエス視点】
救助隊に抱えられ、
アニエスは沈降を免れた氷棚へ転がり落ちた。
「っ……はぁ……っ……!
まだ……生きてる……!」
四肢に残る痺れが痛みに変わり、
呼吸は白い霧となって漏れる。
「少佐、立たなくていい! ここは安定しています!」
救助隊員がそう言った瞬間――
「……止まれ。聞こえるか?」
吹雪の奥から、かすかな“滑走音”が届いた。
足音ではない。
雪面を削るような、乾いた音。
(来た……氷走隊……!)
白い霧の向こうに影が三つ。
風よりも静かに、だが風より速く近づいてくる。
「構えろ!! 三体だ!!」
救助隊が銃火器を向けた瞬間、
氷走隊の一体が視界から消えた。
「……っ!? 早……!!」
次に見えた時には、
もう救助隊員の懐に潜り込んでいる。
「うわっ……!?」
氷走隊の手が頬に触れた瞬間、
隊員の皮膚が白く凍りついた。
「冷却拘束……! 一瞬で……!」
反撃に出ても、
氷走隊は痛覚がほぼ死んでいるため怯まない。
(このままじゃ……
みんな……持たない……!)
氷走隊の一体が向きを変え、
アニエスへ一直線に滑り込んでくる。
(私を連れ戻すために……
どれだけでも追ってくる……!)
跳躍。
白い影が空を裂く。
「来るなッ……!!」
【ユーリ視点】
「救助隊、状況を報告しろ!!」
《交戦中!! 氷走隊三体、速度が異常です!!》
(動きが……読めない……?)
端末の風向解析に目を通す。
吹雪の線が……乱れている。
まるで氷走隊の進路を隠すように、
風の流れが“意図的に”折れ曲がっていた。
(自然じゃない……
これはイゴールの手だ)
「救助隊!!
氷走隊は“風の折れ目”を通って動いている!
その折れ目の先を狙え!!」
《了解!!》
しかし副官が叫ぶ。
「中佐!!
風向データから“折れ目”が消えました!!」
「……!」
(まさか……
風の線そのものを“書き換えた”……?
そんなことを……イゴールが……)
胸が強く脈打つ。
これまでの戦場では感じたことのない恐怖だった。
(俺の計算を、あいつは……“見ている”……?
いや、もっと近い。
“読み替えている”……?)
だが、迷っている暇はない。
(風が隠されても……
“音”までは誤魔化せないはずだ)
吹雪の乱れ、氷の軋み、兵士の足音。
すべてを同時に解析する。
すると――
吹雪の中に、異様な“静けさの線”が見えた。
(ここだ……!!)
「救助隊!!
氷走隊の一体が向かう先……
北西へ二歩分、それ以上進めば“氷が落ちる”!!
そこへ誘導しろ!!」
《了解!!》
【アニエス視点】
氷走隊の影が跳んだ。
白い軌跡がアニエスを貫くように迫る。
(もう……無理……!)
しかし――
「こっちだ化け物ォ!!」
救助隊の一人が体当たりし、
氷走隊の進路をずらした。
その先に――
バキィィィ――ン!!
氷が割れ、闇へ落ちる穴が開いた。
「落ちた! 一体落ちた!!」
救助隊が歓声を上げるが、
アニエスはすぐ悟る。
(自然じゃない……これは……
ユーリの“誘導”……!)
胸が熱くなった。
(ユーリ……
あなた……本当に……!)
しかし歓声は一瞬で凍りついた。
「中佐!?
残り二体と……さらに一つ、巨大な反応!!」
吹雪が裂け、三つの影が姿を現す。
氷走隊、二体。
そして――
毛皮をまとい、
吹雪をものともせず歩む巨体。
イゴール・ストルコフ。
「なるほど……
“風の折れ目”を読んだか」
イゴールは心底楽しそうに言う。
「やはり、お前は面白い男だ……
ユーリ・コールドウェル」
(ユーリが……読まれてる……!
計算が……追われている……!)
アニエスの背筋に、別種の寒気が走った。
「さて――ここからが本番だ。」
イゴールが指を鳴らす。
白い吹雪が螺旋となり、
氷走隊が前進した。
【ユーリ視点】
(来る……!
氷走隊だけじゃない……
イゴールが……直接……!)
端末に映る風の線が、
まるで意思を持つかのように乱れていく。
計算が追いつかない。
頭が軋む。
(怖い……?)
初めて、自分が感じているものの正体を理解した。
(……そうか。
“計算が届かない戦場”が……怖い……)
しかし、その恐怖の奥で――
一つの確信が生まれていた。
(それでも……アニエスを、救う)
「救助隊!!
氷走隊の動きに惑わされるな!!
あいつらは“必ず最短で来る”!!
線を読め!!」
声が震えた。
だが、前を向いていた。




