『崩れゆく白野(はくや)』
【アニエス視点】
零域が――揺れていた。
氷の大地がうねり、
裂け目が蜘蛛の巣のように広がり、
氷走隊でさえ足を止めざるを得ないほどの振動が続く。
「これ……イゴールが……仕掛けたの……!?」
イゴールは微笑みを崩さず言った。
「北方軍は“補給を壊される”と脆い。
だがな……“大地そのものが敵になる”と、もっと脆くなる」
氷走隊がアニエスを拘束したまま、
裂け目の奥へと連れ去ろうと動き出す。
「やめ……離して……ッ!」
足元が崩れ落ちるたびに、
アニエスの身体は危険な角度へ傾く。
(もう少し……もう少し動けば……落ちる……!)
その時――
「アニエス少佐!! 伏せろ!!」
風を裂く声。
視界に、救助隊の一人が飛び込み、
氷走隊の腕を斬り払った。
「ッ……!!」
氷走隊が後退する。
アニエスは救助隊に抱き止められ、
ようやく氷の拘束から解放された。
「だ、大丈夫ですか少佐!!」
「はぁ……はぁ……
なんとか……生きてる……!」
救助隊の後ろには、
粉雪を背負った五名の姿があった。
(来てくれた……
ユーリ……!)
一瞬だけ胸に、温かいものが灯る。
【ユーリ視点】
「救助成功……!?」
その瞬間、端末の反応が跳ね上がった。
「中佐!
アニエス少佐、救助隊と合流しました!!」
「よし……!」
(間に合った……
ありがとう……アニエス……)
しかし次の瞬間、
嫌な警告が画面を染めた。
《警告:氷層、崩落反応拡大中》
「……何?」
《零域中央部、沈降速度上昇――
崩落規模:大規模》
俺の思考が一瞬止まった。
(崩落の規模が……大規模?
そんな値は……ありえない。
自然現象では不可能だ……!)
副官が叫ぶ。
「中佐!!
零域全体が……“沈んでいく”!!」
「……イゴール……!」
イゴールは吹雪を操っただけではない。
零域の氷層を“支えていた柱”を破壊したのだ。
【アニエス視点】
「……何、この揺れ……!」
足元が大きく沈んだ。
氷がしなる。
まるで海のように波打っている。
「やばい!! 全員退避!!」
救助隊が叫ぶ。
だが――
イゴールがわずかに手を挙げた。
「第三段階――“沈黙の床”。
始めるぞ」
カチン。
その小さな音のあと、
世界が――落ちた。
【ユーリ視点】
「落ちた……!?
どういうことだ!」
端末に映った数値が、
一斉に異常値へ跳ね上がる。
《零域の地形高低差が急激に変動!
中央部が十メートル……二十メートル……沈降!!》
「クソッ……!」
アニエスたちの熱源反応が落下していく。
「救助隊!
跳べ!! 氷の棚へ飛び移れ!!」
《無理です中佐!!
氷層の沈みが速すぎます!!》
沈降速度は――
救助が間に合わないほど速い。
(イゴール……
お前は最初からこれを……!)
【アニエス視点】
「きゃ――!!」
アニエスは救助隊に抱えられながらも、
身体が宙へ浮き上がる感覚に襲われた。
「つかまれ!!」
「無理よ……!
足が……痺れて……っ!!」
落下の先は――
濃い吹雪の闇。
「イヤだ……
ここで……終わりたくない……!」
絶望の瞬間、
吹雪の中で、遠くに声が聞こえた。
「アニエス――ッ!!」
ユーリの声だ。
【ユーリ視点】
「よし、やるしかない……!」
俺は覚悟を決めた。
「救助隊!!
全員、『北側の割れ目』へ誘導する!」
「そんなところへ行ったら落ちます!!」
「落ちる前に“跳ぶ”んだ!!
計算は……俺がやる!!」
胸が震えていた。
恐怖なのか、焦りなのか、自分でもわからない。
(アニエス……
絶対に……死なせない)
風向データ、温度差、氷層の沈降曲線。
すべてを同時に計算する。
その中で――
一つの“道”が光った。
「見つけた……!!
救助隊!! 北北西へ一〇度跳べ!!
そこだけ……氷が沈まない!!」
《跳ぶ!!》
救助隊はアニエスを抱え、
吹雪の中へ飛び込んでいった。
端末の反応が――
上向いた。
「助かった……!」
ほんの一瞬、安堵が走る。
しかし次の瞬間。
《警告:新熱源接近――高速!!
氷走隊と思われます!!》
イゴールの追撃が――
ここから始まる。




