『戦場の温度差』
補給作戦を終えた翌朝。
俺――ユーリ・コールドウェルは、司令部で次の補給計算を進めていた。
そのとき、勢いよく扉が開く。
「ユーリ中佐! 話があるわ!」
アニエス少佐だ。
頬は赤く、肩にはまだ雪が残っていた。
「……どうした?」
「昨日の補給よ。兵たちから不満が出ているの」
「不満? 補給は予定どおり完了したはずだ」
「予定どおりよ。でも……あなたの“最短ルート”は、
兵士の体力が持たないの。
吹雪の中を二十数時間も動きっぱなしだった兵が倒れたわ」
「……それは、計算上の最適解だった」
「数字の最適解が、必ずしも“人間の最適解”じゃないのよ!」
アニエスの声には怒りと焦りが混じっていた。
「兵たちが口をそろえて言ってるわ。
“死ぬかと思った”って」
「だが、そのルートで救われた部隊もある」
「助かった部隊がいるのは分かってるわ。
でも――“助けるために別の兵を潰してる”のよ!」
言い返せない。
計算は正しい。だが、現場の実感はまったく別だ。
その時――
《緊急報告! 第十七分隊、吹雪に巻き込まれる可能性! 救難要請!》
司令部の空気が一気に張り詰めた。
「第十七分隊!? あそこは安全ルートのはずじゃ――」
「違う」
俺は即座に立ち上がった。
「第十七分隊は“予定より二十分早く”移動している。
そのせいで、風向きが変わる前に雪原に入ってしまったんだ」
「なんでそんなことが分かるのよ!」
「昨日の移動速度と、今朝の気温変化から推定できる」
俺は地図を広げ、指し示した。
「アニエス。
君の隊がここまで行けば、間に合う」
「ここ……吹雪が弱まる地点?」
「ああ。数値上、あと十五分以内なら突破できる。
第十七分隊はまだ生きている」
アニエスは数秒だけ目を閉じ――
「……分かった。私が動く!」
部下たちを従えて駆け出した。
――三十分後。
《報告! 第十七分隊、全員救出!》
司令部全体に安堵の声が漏れた。
少しして、雪まみれのアニエスが戻ってくる。
「……本当に間に合ったわ。
あなたの計算、やっぱり正確ね」
「当然だ。
計算を誤れば、誰かが死ぬ」
「でもね、中佐……」
アニエスは深く息を吐いた。
「“正確さ”だけじゃ、戦場は救えないのよ。
昨日の補給で苦しんでる兵がいること、忘れないで」
「……努力はしよう」
「その言い方、本当に素直じゃないのよね」
アニエスは呆れ顔で言いながらも、
少しだけ口元を緩めた。
だが胸の奥に、重く残る実感があった。
計算は正しい。
それでも“現場が苦しんでいる”。
数字では説明できない“誤差”が、
じわりと俺の心に広がっていくのを感じた。




