表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『凍土補給戦記(フローズン・ロジスティクス)』  作者: 済美 凛


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

16/40

『零域への独断』

氷点下六十度。

 零域――吹雪の中心は、

 “世界から音が消える”ような静寂に包まれていた。


 そこに、熱源が一つだけ存在する。


 報告を受け、

 俺――ユーリ・コールドウェルは端末を握りつぶしそうになった。


「本当に……イゴール本人がいるのか?」


「熱源は人間サイズよ。

 しかも吹雪の中心で微動だにしないの。

 普通の人間じゃありえないわ」


 アニエス少佐が凍えた声で言う。


「……あいつ、わざとよ。

 “来い”って合図だわ」


 後方の兵士たちもざわつく。


「中佐をおびき出そうとしてるぞ……」

「これは罠に決まってる……!」

「零域なんて入れる温度じゃない!」


 俺は深く息を吸い、冷静に言った。


「当然だ。

 イゴールは零域で“待つ側”に立つことで、

 計算不能の戦場へ俺を引きずり込みたいのだ。」


 アニエスが強く言う。


「行く必要はないわ。

 あなたは後方でこそ強い。

 罠に乗ったら――死ぬだけよ」


「分かっている」


 俺が前へ出れば、

 補給全体が崩壊する。


 それは絶対に避けなければならない。


 しかし――


(イゴールは……なぜ自ら出た?

 何を仕掛けた?)


 その疑問が頭から離れない。


 計算しようとすればするほど、

 風向と温度変化が複雑すぎて解が出ない。


 “計算不能領域”。


 そこが、イゴールの狙いなのだ。


 


 その時だった。


「……ユーリ、ちょっと行ってくる」


 アニエスの声を聞いた瞬間、

 俺は振り向いた。


「何を言っている?」


「あんたの代わりに、零域へ行くわ」


「待て」


 即座に止める。


「零域は人間が入れる温度ではない。

 突入すれば三十分で凍死する」


「でも……私は前線の人間よ。

 氷穴も吹雪も、あなたよりずっと慣れてる」


「問題は慣れではない。

 “仕掛け”がある。

 イゴールが零域の中心にいる理由を考えろ」


「だからこそよ」


 アニエスは、震える手で装備をまとめ始めた。


「あなたは後方の頭脳。

 あんたが死ねば、この戦争は終わり。

 でも私なら、行ける」


 胸の奥に、

 氷の針のような痛みが走った。


「アニエス、これは命令だ。行くな」


「命令……?」


 アニエスは振り返り、

 吹雪の中でもはっきり分かるほど鋭く笑った。


「ダメよ、ユーリ。

 これは“任務”じゃないの。」


「……?」


「私は、“仲間を守る”ために動くの」


 心が少し動揺した。

 そんな言葉は、彼女から初めて聞いた。


「あなたは絶対に前に出ちゃダメ。

 だから――代わりに行くのよ」


「アニエス!」


 思わず声を上げてしまう。


 しかし彼女は振り返らない。


 指揮所の扉へ向かいながら、

 静かに、しかし確かな声で言った。


「大丈夫。

 “見てくる”だけだから。

 戻ったら、あんたの計算に協力してあげるわ」


「アニエス――!」


 氷点下の風が扉を押し開け、

 アニエスは吹雪の中へ消えていった。


 


 俺は動けなかった。


 動けば、イゴールの思う壺。

 零域に入った瞬間、計算が死ぬ。


 だが――


 胸の奥から、初めて

 “計算以外の感情”

 がせり上がって来る。


(……頼む、戻ってこい)


 ただ祈るしかなかった。


 そして――


《急報!

 零域の気温、さらに低下!

 地形の一部が“裂けています”!》


「裂けて……?」


 俺は凍りついた。


イゴールが仕掛けた罠が、ついに動き出したのだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ