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『凍土補給戦記(フローズン・ロジスティクス)』  作者: 済美 凛


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13/40

『移動する影』

氷点下五十七度。

 外界は吹雪の壁で視界が完全に閉ざされていた。

 基地の外気扉には分厚い霜が張りつき、

 わずかな隙間風すら皮膚を裂くほど冷たい。


 その極寒の中――

 俺――ユーリ・コールドウェルは、

 気象データを並べた端末の前で指を止めた。


「……温度逆転。

 これは“固定地点”では起きない」


 アニエス少佐が覗き込み、眉を寄せる。


「固定地点じゃない……?

 じゃあ、この温度上昇は何?

 誰かが“人工的に暖めてる”ってこと?」


「可能性は低い」


 俺は即座に否定した。


「この環境で熱源を使えば、

 吹雪の中に“白煙”が生じる。

 だが観測映像には煙が映っていない」


「……じゃあ何なの?」


「熱源ではなく――」


 俺は一つの仮説を、口にした。


「“移動する物体”だ。」


「移動……って……

 何が動いてるって言うの!?」


「燃料だ」


 アニエスの目が大きく揺れた。


「燃料……。

 混入班が、燃料そのものを“持ち運んでいる”ってこと……?」


「ああ。

 混入地点が特定された今、

 彼らはそこで細工を続ける理由がない」


 俺は地図の一角に印をつけた。


「混入班は“巡回型”だ。

 気温逆転は、彼らが運ぶタンクの微少な熱影響だろう」


「ちょっと待って。

 燃料を運ぶだけで温度が変わるの?」


「この極寒環境では可能だ。

 氷点下五十度の世界では、

 “零度近い液体”は巨大な熱源になる」


 アニエスが理解した瞬間、息を呑んだ。


「つまり……

 混入班はタンクを運びながら“移動”してる。

 だから温度が局所的に跳ね上がる……?」


「そうだ。

 これこそが――

 イゴールの“本当の混入作戦”。」


 副官が震え声で口を挟む。


「中佐……つまり……

 敵の混入地点は一箇所ではなく、

 常に“動いている”……?」


「その通りだ」


 俺は地図の上に新たなルートを描いた。


「彼らは吹雪の死角を利用して

 “燃料混入タンクを携帯しながら”補給隊の動きを追う。」


 アニエスが青ざめた。


「そんなこと……人間にできるの……?」


「できない。

 だがイゴールは、人間を“兵器”にする男だ。」


 凍土の外で、吹雪が吠えた。


 


「――だが、これで終わりだ。」


 俺は端末を叩き、

 温度逆転地点から逆算した“移動経路”を表示する。


「この軌道で進んでいるなら、

 混入班は必ず“この尾根”を越える」


 アニエスが地図を覗き込み、目を見開いた。


「……ここ、補給隊と偵察隊の“視界の交点”じゃない!」


「そうだ。

 ここに観測網を敷けば――

 混入班を捉えられる。」


 アニエスの表情が晴れていく。


「ユーリ……勝てるのね?」


「勝てる。

 ここまでのデータで矛盾はない。」


 副官が震えた声で言う。


「中佐、指示を……!」


「全隊に通達。

 “尾根交点に監視網”を敷け。

 周囲二百メートルに熱源センサーを配置。

 吹雪に紛れて移動する影を絶対に逃すな。」


《了解!!》


 


 ――数時間後。


《報告!

 尾根交点にて“温度逆転反応”再び確認!

 影、一……二……三!

 混入班と思われます!》


「来たか……」


 俺は画面を凝視した。


 吹雪の中、

 黒いシルエットが三つ、ゆらりと動いている。


 燃料タンクを背負い、

 吹雪に歩調を合わせるようにして進む影。


 彼らは、まさに

 “移動する毒”

 だった。


《監視網、包囲完了!》


「よし――」


 俺は短く言った。


「捕捉しろ。」


 次の瞬間、

 基地のサーチライトが吹雪を切り裂くように照射され、

 尾根の影を白昼のように浮かび上がらせた。


《敵、動揺! 逃走を試みています!》


「逃がすな。

 包囲を狭めろ。」


《了解!!》


 吹雪の白い壁の中で、

 黒い影がひとつ、またひとつと拘束されていく。


 アニエスが息を漏らした。


「……やった……!

 ついに、この地獄の犯人を捕まえた……!」


「まだ終わっていない。

 混入の痕跡を分析し、

 燃料細工の方法を突き止める必要がある。」


 そう言いながらも――

 胸の奥に確かな手応えがあった。


 今回ばかりは、

 イゴールより一手早く動けた。


(イゴール……

 お前の“心の兵站”に、

 俺もようやく一歩届いたぞ)


 吹雪が遠くで唸った。

 だがその音は、

 先ほどまでの嘲笑ではなく――

『移動する影』(漢数字版)

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