『凍土の最短路』
――氷点下五十二度。
永久凍土〈フローズン・フロント〉は、今日も吹雪で真っ白だった。
この戦場では、兵士の死因のほとんどが**「寒さと物資不足」**だ。
俺――ユーリ・コールドウェル中佐は、中央司令部で地図と計算端末を見つめていた。
最前線の第二十二哨戒隊が、吹雪で孤立している。
暖房用燃料が尽きれば、三時間で全滅するだろう。
「……間に合う。まだ救える」
俺は指を動かして、複雑な地形と気象データを瞬時に計算した。
最短で、燃料を最も節約できるルートがひとつだけ導き出される。
「これが最適解だ。補給車列をすぐに出せ」
「は、はい! しかし、この吹雪で……」
「行くしかない。時間がない」
副官は青い顔で敬礼し、兵士たちに命令を伝えた。
やがて、補給車列は吹雪の中へ消えていった。
——数時間後。
「中佐! 補給車列、哨戒隊に到達!
全員、生存を確認!」
司令部が沸いた。
俺は安堵した。
だが次の報告が空気を凍らせる。
「補給兵が……多くが凍傷で動けません!
極限状態での行軍だったようです!」
胸がざわめく。
「……計算では耐えられるはずだった」
そのとき、通信機が切迫した音で鳴った。
『こちら前線第三陣地、アニエス少佐!
ユーリ中佐、今の補給は何!?』
叩き上げの女性指揮官。
声は怒りに震えていた。
「最短で救うには、あれしかない」
『“あれしかない”って……
兵士の手足が凍っていたのよ!
人間を数字で動かすつもり!?』
俺は言葉を失った。
責められている、というより――
突きつけられている。
机上の完璧が、現場では“地獄の行軍”だったという現実を。
「……だが、他に方法は」
『現場を見てから言いなさい!』
通信は切れた。
静寂が落ちた司令部で、雪が窓を叩く音だけが響く。
嫌な記憶がよみがえる。
――過去の失敗。
完璧な計画でも、天候ひとつで仲間を失った日の悪夢。
その時。
「中佐!」
副官が駆け込んできた。
「南方軍が本格的に動き始めました!
指揮しているのは――イゴール・ストルコフ少将、“氷の悪魔”です!」
背筋が冷えた。
イゴール・ストルコフ。
計算ではなく、**“犠牲と心理”**で戦争を動かす兵站官。
俺とは真逆の、最も厄介な敵。
「……ついに来たか」
吹雪の向こうには、まだ姿も見えない“悪魔”の気配があった。
補給線の戦いは、ただの数値の争いでは終わらない。
机上の魔術師と“氷の悪魔”――
凍土を舞台にした二つの兵站が、静かにぶつかり始めていた。
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