弟たち
ゆっくりと、外底に続く広間へ足を運ぶ。
(馬車とはまた大仰な)
呟きともため息とも付かない吐息を吐き出しながら、広間を見渡して初めてぎょっとする。昨日、言い渡しておいた荷物の数倍の物の山が出来ていた。
自分では2包みくらいの想定だったが、これには流石に面食らっていると、いつの間にそばに来たのか家令のひとりが耳元で囁く。
「奥様が色々とご準備なさっておいでで…」
「ん」
ゲオルグが目を丸くする様子に若い家令は静かに首を横にふる。何も言わずに受け取れということか。なるほどそれで、仰々しくも馬車が用意されてたのかと得心がいく。
これが親心というものなのだろうが、ゲオルグは気づかれぬようにため息を吐いた。
「兄様」
小さな足音とともに、背中から飛びついてくるのはもちろんソルランデットだろう。あっという間に抱え上げてやると嬉しそうに笑う顔が目の前だった。
「おはよう。今朝は早いな」
「あ!おはようございます」
慌てて、挨拶を忘れないのは後から付き従う少年のお陰か。
「あ、の。馬車の音が聞こえたので、何かなって思って、それで、あの」
息せき切って喋ろうとするので、ソルランデットの言葉が続かない。脇から、さりげなくミルチャーが口添えする
「もう、お出かけなのかと、ソルが落ち着かないので、朝のご挨拶にまいりました」
「そうなのか?」
「はい。もう、お出かけ?」
恐る恐る問いかける、ソルランデットにそんなことはないと笑いかけると、途端に安心した顔になる。その横でミルチャーは苦虫を噛み潰したような渋面を作っている。
しかし、一呼吸おいて食ってかかって来た。
「また、屋敷を空けるのですか!?皆様いつも心配しておいでです」
きつい目線でミルチャーが睨んでいた。
「ん?どうした?俺がいないのはそんなに珍しい事でもないだろう?」
一瞬、続きを言うか迷ったミルチャーだったが、ゲオルグの目線に促されて、先を続ける。
「お館様が怪我をされて、まだ自由に動けないというのに、あなたがそんなだとみんな不安になるんです」
(あぁ、なるほど。こいつなりに考えてはいるんだな)
まだ、幼いながらもミルチャーなりに今の状況に心を痛めているのがわかり、ゲオルグはついつい笑みこぼれそうになるが、ぐっと堪える。
先の海戦で、父が足を怪我しておそらく今までの様には行かなくなるだろう事は容易に想像がつく。誰もそれをはっきりをとは言わないが、自然長男のゲオルグに期待がかかるのも仕方がない事だった。
「お前は、そこまで分かっているのに、屋敷で大人しくしているのが最善だと考えるのか?」
納得できないミルチャーだったが、次に続ける言葉が見つからないらしく、言葉に詰まってしまった。ゲオルグは少し待って噛んで含める様に言い渡す。
「だから、行くんだよ。今回ばかりはフラフラ自由に旅する訳じゃない。次に大きな戦があった時に、先頭に立つのを皆が期待するのは強いシスの後継者ではないのか?俺はその資格を得に行くんだよ」
その言葉にミルチャーはハッと気づいた。こいつはなかなか賢いところがあるな。ゲオルグはその反応を見ながら思う。
泣き笑いしそうなミルチャーの髪をぐちゃぐちゃにかき混ぜてやると、鬱陶しそうに悔しそうに払い退けて来た。
「あ、の。その」
「ソルを頼むぞ。お前にしか頼めないんだから」
その言葉にハッと表情を引き締める。ふと、思い出した様にゲオルグに問いかけた。
「まだお時間あるなら、剣の稽古をつけて貰えませんか」
ちらと家令を見ると、ゆっくり頭を下げるのが見える。まだ時間はあるらしい。
「そうだな。どのくらい上達したか見せてみろ」




