ep.7 私は魔界の女王ですので、人間の説得はお手の物です
「う……ん。ここは?」
アスセリはまだ覚醒しきれていない頭で周りを見渡した。
その部屋はあまり広くなく、天井には蝋燭がゆらめいており、ほのかに部屋は暗かった。
そうして次にアスセリは自分の状況がだんだん把握できてきた。
まずアスセリはベッドで寝かされていた。特に手足が繋がれているということもなく、靴を脱がされているということ以外は何も異常は無い。
服もそのままであった。
「目が覚めたようね」
いきなりアスセリに声がかけられ、アスセリはその方向に体を向ける。
ベッドの脇には一人の女性が椅子に腰をかけていた。
見た目は普通の人間と変わらない、アスセリと同じ20代前半の女性に見える。
ただ、特徴的なのはその髪の毛だ。
彼女の長い巻き髪は、まるで海のような青さを持っている。
「私の名前はシャーシュエ。この髪の毛でわかると思うけど、妖怪。貴女は?」
突然自己紹介をしてきた妖怪に対しアスセリは身構えた。
「私は……アスセリよ。」
「そう。女王陛下を暗殺しかけたって聞いて、驚いた。まさか本当に人間だなんてね。」
「……」
アスセリは何も言わずにシャーシュエを睨み上げた。
ー妖怪は皆等しく滅ぼすべき敵ー
妖怪カウカに両親と兄を幼い頃に殺されたアスセリはそれだけがたった一つの真実であった。
しかし、市場で出会った気さくな青鬼や走って遊びまわる妖怪の子供達を見て彼女のアイデンティティは揺れ動いているのも事実だ。
「なぜ、私を殺さなかった……?」
アスセリはシャーシュエに尋ねた。
「さぁ?
私はリュリア様の『お気に入り』の一人だけど、そこまでは聞いてない。ただ、目が覚めたら報告するようには伝えられてるから少し待ってて。
言っておくけど、逃げようとしても無駄だから。」
その言葉を残し、シャーシュエは部屋を去った。
アスセリはベッドから降り辺りを見渡した。
簡素な机に椅子が数脚あり、窓からは外の様子が窺えた。
外には煉瓦造りの街並みが見え、先ほどアスセリが捕縛された街に違いなかった。
続けて窓越しに空を見上げる。
空は暗雲が立ち込め、雷が支配していた。
夜か昼か?判断がつかない。
アスセリが窓ガラスに手を当てた途端、赤色の魔法陣が浮き出た。
恐らく物理的にも魔法的にも窓ガラスを防御しているのだろう。
そうしているうちに、再びシャーシュエが部屋に入ってきた。
次に、見覚えのある一人の黒髪の女性が入ってきた。
リュリアだ。
アスセリは思わず呟いた。
「まさか、妖怪の女王が直々に尋問しに来るなんてね」
アスセリの額からは汗が流れ落ち、わずかに体が震える。
そんな様子にリュリアは仔犬をあやすように声をかけた。
「尋問だなんて、誤解よ。尋問なら私が直接来るわけがないでしょう?ただお話がしたいだけ。」
アスセリは感じ取った。
表面的には上品な言葉をリュリアは投げかけている。
しかし相変わらずアスセリの命はリュリアの掌の中だ。
「貴女、アスセリというそうね。ねぇ、さっきは恐怖で口を開けなかったみたいだけど、今はお話しできるでしょう?ねぇ、なぜ私を殺そうとしたの?」
アスセリは思った。
どうせ私は殺される。ならば、恨みを妖怪の女王にぶつけてしまおうと。
「妖怪は……仇だからよ、だから王であるあんたを狙ったの。これで満足?」
「仇?何の仇なの?もっと詳しく話してちょうだい。」
「十数年前、妖怪カウカは私の国バンバレアを含めて人間界を襲ったわ!そして、私の家族を奪った!母も、父も、兄も!妖怪は駆逐されて当然の存在よ!」
一瞬、リュリアは呆気に取られたようにアスセリを見つめていた。
だが、次にリュリアから出てきた言動はアスセリが全く思ってもいなかったものであった。
「ふ、ふふふ、あはははは!そう、カウカね!私は危うく老人王の代わりに殺されかけたのね!」
笑うリュリアに思わずアスセリは声を荒げた。
「な、何を笑ってる!」
「だって貴女、見当違いにも程があるもの。
人間界出身の人間である貴女が現代の魔界事情について、一体何をどの程度知っているの?」
「そ、そんなの、知ったことじゃない!」
「魔界はね、魔界三王と呼ばれる存在が魔界の9割を支配している。私はその魔界三王の一人、リュリアよ。他は魔界の半分を支配する古の魔神セアラの息子である老人王、そしてジンブクという国を治めるルプガンという王がいる。
ここまでは知ってる?」
ここでアスセリは黙ってしまった。
アスセリが読んでいた本には魔界の事情など書き示されていなかった。
あくまで神話体系と魔法の本が中心だったからだ。
リュリアは構わず続けた。
「カウカは老人王の孫よ。つまり魔神セアラのひ孫ね。
でも知ってる?カウカの実力。」
ここでアスセリは嫌な予感がした。
「カウカの実力は私たち魔界三王の足もとにも及ばないし、老人王の孫たちの中でも実力は真ん中……という程度だった。
だから、カウカは老人王の後を継げる実力にはなかったし、このまま何物でもないただの貴族妖怪として生きるのが現実的だった。」
アスセリにとっては驚愕の事実であった。
構わずにリュリアは続ける。
「おそらく、カウカはそんな将来が嫌だったのね。だから魔界三王同士で暗黙の了解で手を出していなかった人間界に乗り出したわけ。
でもよりにもよってグランドバレーという人間の国の女王と王配に封印されたのよね。
これには老人王は失望したそうだけど。
よりにもよってまさか、自分の孫であり魔神セアラの直系の子孫が人間に封印されたんですものね。
内偵によると老人王はカウカの封印を解こうだなんて微塵も考えていないそうよ。一族の恥晒しとしか考えていないらしいわ。」
アスセリは落胆した。
人間界を恐怖と滅亡の危機に陥れたカウカは、魔界では小物でしかなかった事実に。
「アスセリ」
リュリアは先ほどの微笑から一転し、真面目な顔をしてアスセリの顔を見た。
「貴女が思っていた恨みを否定はしない。ただ、貴女の認識は『浅い』。」
「そ、そんな!」
アスセリは戦争孤児として恨みを糧に生きてきた。それは彼女の人格形成の重要な一部だ。
しかしリュリアはそれを一蹴してしまった。
だがリュリアは構わず続ける。
「貴女、このまま復讐に囚われたまま他の妖怪相手に戦いを仕掛けると確実にその若さで死ぬわよ。
だからね。私から一つ提案があるの」
その提案はアスセリの予想を大きく超えるものであった。
「だから、あなたは私の『お気に入り』として私の軍に入らない?
私に向けて放ったエクラル……マジックウェポン無しで撃った割にはなかなかの『質』だった。だけど、あなたに一流の師とマジックウェポンがあれば、到底人間では到達できないほどの高みに行ける才能があるわよ。」
しかしこの言葉をアスセリは簡単には信じなかった。
「冗談でしょう?」
「冗談ではないわ。1時間時間を与える。了承するなら、屋上庭園に来なさい。シャーシュエが案内する。
了承しないなら、ホンバオで一市民として生きていくことね。」
そうしてリュリアは部屋を出て行った。
ー1時間後ー
アスセリとシャーシュエは屋上庭園へ向かった。
そこにはすでにリュリアが木陰のベンチに一人の赤紫色のメイド服を着た少女と共に腰をかけていた。
「必ず来ると思っていたわ」
リュリアはアスセリに声をかけた。
「えぇ。このまま魔界で一人果てるより、逃げずに知ることにしたの。人間界と魔界の真実を。」
「いい覚悟だわ。『お気に入り』にふさわしい言葉よ」
リュリアと隣に座っていた少女はベンチから立ち上がり、アスセリとシャーシュエに近づいた。
「ただ一つ、私の『お気に入り』になるのに条件がある。
この子を『人間の手で』育ててほしい」
その少女は歳の頃8歳から10歳というところか。
「どういうこと?」
するとシャーシュエが説明をした。
「この子はとある戦いにて救出した正真正銘の人間の少女よ。ただし、記憶と声を失ってる。人間界出身か、魔界の出身かすらもわからない。名前も不明。」
「そんな……!」
「だから私たちとはこの子が常に持っているノートか魔導報での筆談しかできない。だけど私たちは妖怪。
この子に食事を与えることはできても『人間の文化やしきたり』を教えることはできない」
リュリアはアスセリに『最初の指令』を出した。
「アスセリ。初仕事よ。この子に名前をつけてあげて。この子、自分で自分に名前をつけなさいと言っても首を横に振るのよ」
アスセリは少女の目を見た。
「ウミル。私の故郷の言葉で『希望』を意味するわ」
するとウミルと名付けられた少女は、はにかみながらノートを取り出した。
『よろしくね。アスセリお姉ちゃん』
こうしてアスセリとウミルのリュリア軍での生活が始まった。




