ep.4 私は魔界の女王ですので、スカウトを頑張ります
リュリアはランヤオとの戦闘を終え、移動要塞プリイに戻ると、女王専用の浴場にて汗と埃を洗い流し、私室に戻った。
私室では女王専任の侍女である緑鬼族のサーディンが風呂上がり用に冷えたアイスティーを運んできた。
リュリアはアイスティーを飲みながら思案にふける。
(パライにはランヤオの身辺調査を指示しておいたけど、シャーシュエとは?おそらくこの人物がランヤオを私の『お気に入り』に迎え入れることができるか、鍵になるはず……。)
翌日朝、パライは玉座の前にて片膝をつきリュリアに身辺調査の報告を行った。
「陛下の読み通り、シャーシュエという人物はランヤオの家族でした。実の妹です。」
「ご苦労さま。相変わらず仕事が早いわね。他に分かったことは?」
続けてパライが報告する。
「シャーシュエは魔界東部屈指の魔術回復師だったのですが、どうやら重い病に倒れているようです。
専門医に見せるも、どうやら莫大な医療費を請求されている模様。その費用はランヤオに到底払えきれるものではありませんでした。
我軍は現在、ホンバオ王イングルーを見限った側近と接触を図り判明したことですが、イングルーは妹の医療費を報酬として我軍と戦わせたようです。」
その言葉にリュリアは嘆息をした。
「だから、ランヤオはこの1ヶ月間ほとんど寝ることもなく、孤独に私の軍と戦っていたというわけね。一言で言うと、妹は人質ね。」
パライはその言葉に同意した。
「はい。まさしく陛下のお言葉通りです。」
それから数時間後、パライが軍司令部にいると一人の部下がランヤオが医務室にて目を覚ましたという一報を持ってきた。
パライはリュリアにもそのことを伝えるよう指示をし、早速医務室へ向かった。
医務室に入るとそこにいたのは、暗雲立ちこめる魔界の空を窓から覗き込む疲れ切った一人の青年であった。
パライはベッドのそばに置かれていた簡易な椅子に座る。
「ランヤオ殿。」そう声をかけるとランヤオはパライに顔を向けた。
「たしか貴殿は女王の隣りにいた……?」
「……軍師パライです。ランヤオ殿はこのひと月、不眠不休で我が軍と戦っていたはず。まだ疲れが取れていないのでは?」
するとランヤオは苦虫を噛み潰したような顔を見せる。
「ふ。私の疲れなど、心配は無用。負けてしまった今、もう私に戦う理由などない。……殺せ。」
わずかな静寂が医務室を支配した。
だが、パライはランヤオに話しかける。
「ランヤオ殿。貴殿が陛下に負けて丸一日がたったが、我軍は戦闘行為を止めている。
それは、ホンバオ王であるイングルーの手下が次々に王を見限り我軍に接触をはかっているからだ。」
ランヤオは目を細める。
「パライ殿。私に何をいいたい?」
「つまり、今なら貴殿の妹であるシャーシュエを我軍で保護が可能ということです。」
ランヤオは思わずベッドから体を起こす。
「なぜ、シャーシュエの名を!」
するとその時、女性の声がランヤオの耳に届く。
「……あなたが気を失う直前につぶやいたからよ。記憶にないでしょうけど。」
医務室に突然現れたリュリアに、パライは椅子から立ち上がろうとした。
しかしリュリアはパライの肩に手を当て、「そのままでいいわよ。」と制し、ランヤオヘ話を続けた。
「パライの言う通り、今からなら人質であるあなたの妹を我軍で保護することができるわ。そして、治療費も全額私が払いましょう。」
ランヤオはその案に苦笑した。
「つまり、人質先が変わるというだけか。」
「それは誤解ね。魔界東部随一の剣士であるあなたに、さらに本来は魔界東部随一のヒーラーであるあなたの妹。二人とも我軍に私の『お気に入り』として、迎えたいのよ。
もちろん、断ってもいい。
それでも、あなたの妹の保護と治療費は約束するわ。」
「……少し考えさせてくれ。」
リュリアとパライは医務室を後にした。
ランヤオは再び暗雲と雷が支配する外を窓越しに眺める。
(このひと月の間、私はほぼ一人でリュリア軍と戦った。休みも、援軍もなく一人で……だ。)
ランヤオは傍らの机に置かれていた水をコップに注ぎ、一気に飲み干す。
(シャーシュエは保護され、治療費も全額出すという……。ここ数年味わったシャーシュエの苦しみも消えるということだ。そろそろ、私は私のために剣を振るってもいいのではないか……)
―翌々日―
ホンバオ城では城の主であるイングルーが恐怖におののきながら王の間にて、酒をあおっていた。
「くそぉ、あの負け犬野郎ランヤオめ!高い金を払ったというのにあっさりとあの女に負けやがって……!」
イングルーは今にでもリュリア軍が城に攻め込んでくるのではと恐怖に駆られ、臣下の前で酒を煽り悪態をつくしかできなくなっていた。
思わずイングルーは「畜生!」といい、ウイスキーが入ったままのロックグラスを床に投げつけ、グラスは粉々に飛び散った。
その時、若い臣下がぶっきらぼうに言い放った。
「イングルー、あんたはもう終わりだよ。」
イングルーはアルコールで赤くなった顔をその若者に向ける。
「誰に向かってそんな口を!」
「あんたみたいな大して妖気もない金だけの王に付き合う義理はもうないってことだよ。」
次に、イングルーに200年間仕えた一人の年老いた臣下が恐る恐る口を開いた。
「陛下。我々はあなたにお仕えすることをやめさせていただきます。ここは魔界。金ではなく力が、我々妖怪の心をつかむのです。」
その言葉とともに、城門方面から巨大な爆発音が聞こえた。
その音とともに老妖怪は続けた。
「ランヤオの敗北後、我々はリュリア軍と通じていました。では、我らはこれにて。」
その老妖怪は踵を返してゆっくりと退出し、それに続くかのように一人、また一人とイングルーの配下たちは王の間をあとにした。
部下たちの足音が遠ざかり、静寂が訪れた。
やがて、ガシャン、ガシャンと鎧の音と、カツン、カツンとヒールの足音が近づいてきた。
扉はゆっくりと開き、リュリアとランヤオが入ってきた。
「ごきげんよう。王様。」
リュリアは冷ややかに、しかし笑顔でイングルーへ声をかけた。
「ランヤオ!裏切ったな!あんな大金を払ったというのに!ただじゃおかないぞ!」
何も言わないランヤオ。
わめき散らすことしかできないイングルー。
ここでリュリアは思わず口を挟んだ。
「うふふ。ただじゃおかない?シャーシュエのこと?
あなたねぇ、はじめから治療費の全額を払っておけばいいものを、2割程度の治療費しか渡さないケチ臭いことをするのが悪いのよ。」
事実、ランヤオはイングルーから治療費の2割を前金として受け取っており、リュリア軍を退けたあと、残り8割の金を受け取る契約だった。
そしてそれに反し、リュリアはシャーシュエの治療費をすでに全額支払っていた。
「もうシャーシュエのことで心を揉む必要はないわ、ランヤオ」
事実、この時点ですでにシャーシュエはリュリア軍によって保護され、移動要塞プリイにて与えられたランヤオの私室にて病の治療を受けている。
そして、リュリアの笑顔がふっと消え、冷たい表情で言い放った。
「豚の人生はここまでよ。ランヤオ、あとはお願い。」
「リュリア様。かしこまりました。」
ランヤオはそう言うと、リュリアから折れた剣に代わって新たに授かった長剣を鞘から抜いた。
剣を見たイングルーは腰を抜かし後ずさる。
「金ならいくらでもある!助けてくれ!」
しかし、ランヤオは一切反応を示さず長剣を振り下ろした。
リュリアはランヤオに告げた。
「お疲れさま。これからは私の『お気に入り』の一人として剣を振るってちょうだい」
だが、ランヤオからの返答は意外なものだった。
「今日この瞬間から、私が剣を振るう理由が変わりました。
もちろんリュリア様のためでもありますが、それ以前にシャーシュエのため、そして私自身のためでもあること、お忘れなく。」
リュリアは微笑んだ。
「それでいいわ。私の『お気に入り』にイエスマンは要らないから」
その日、ホンバオは陥落しリュリアの新たな植民地となり、リュリア軍の戦略的課題は解消された。