ep.2 私は魔界の女王ですので、有能な剣士と遊びたいです
魔界中央部に位置する国『ホンバオ』
魔界では貿易の要所であり、古の大妖怪『魔神セアラ』が魔界を統一していた時代から、経済都市国家として名を馳せている国である。
なぜか?
魔界を西から東へ、北から南へ移動する際は必ずホンバオを経由することになる。
ホンバオはその際、越境利用料を徴収することにより、巨大な既得権益として利益を得ていた。
さらに、ホンバオ王・イングルーは魔神セアラの末裔の一人であり、魔界三王の一人である老人王とは遠い親戚にあたる。
イングルー自身の戦闘力は皆無ではあるが、多くの国は老人王の威光を恐れ、おとなしく越境費用を支払っていた。
リュリア軍は一定の地に根を張ることなく、移動要塞プリィにて常に魔界を移動する。
そのため、魔界を縦断もしくは横断するたびに『ホンバオ』をまたぐ必要があった。
リュリア軍はプリイの機動性をもって魔界の小国を植民地化することにより、女王リュリアの個人戦闘能力だけに頼ることなく支配地域を拡大することで、他の魔界三王に比例する国力を得ていた。
その性質上、越境費用の支払いはプリイの機動力にとって財政面での足枷である。
リュリアにとってホンバオ攻略は避けて通れない戦略的課題であった。
移動要塞プリイ
玉座の間
リュリアは美しい黒髪をポニーテールに束ね、愛用の黒いカチューシャを着け、指には赤と黒でデザインした蝶をあしらったネイル、そして黒のドレスを着こなしていた。
玉座に座る彼女は苛立ちを隠さずに、漆黒のヒールで石床をカツン、カツンと鳴らしている。
直立不動の部下たちに対し、
「あなた達、わかっているの?ホンバオに先行隊を派兵して2ヶ月も経ったわ。なのにまだホンバオを落とせていない。」
高官ヤチャクが一歩前に出る。
「陛下、"あと少し"お待ち下さい。ホンバオ攻略はあと少しでございます」
「あなたの"あと少し"は、聞き飽きたわ!」
リュリアの黄色い瞳は今にも炎のように赤く燃えがるかのような勢いだ。
「わかっているの?
私たちと同じ妖怪にも関わらず、老人王の威光に泣きつき、さらには力ではなくお金で国土を守っている軟弱な連中よ!
あの
--残飯を食い散らかす豚のように肥えた--
イングルーなど、敵ではないはずよ!」
「陛下」
パライが一歩前に出る。
「ヤチャク様がおっしゃる通り、ホンバオ攻略は目前と言えます。
しかしながら、ランヤオという男が最近ホンバオに雇われたようです。
この男を退けなければホンバオ攻略は達成し得ません。」
「ランヤオ?どんな男なの?」
リュリアは訝しげな目をしながらパライに聞く。
「ランヤオは魔界東部においては屈指の剣士として名を轟かせている男です。
侵攻直前に急遽ホンバオの王が"スカウト"したようです。」
ヤチャクは後方にひざまずいたまま
「若造め、でしゃばりおって…」とパライに鋭い視線を向けた。
パライはそんな目線など気にも留めず、モニターにホンバオでの戦闘映像を流した。
そこには、細長い剣を持ってリュリアの軍勢を屠っていくたった一人の剣士が映されていた。
その剣士が上空から細長い剣をふるうたびに、剣圧が地上にいるリュリア軍の魔法攻撃部隊や槍兵たちを襲い掛かる。
さらに空を飛べるリュリア軍兵も剣や槍を持ち空中戦を挑むが、剣を交えた瞬間、リュリア軍兵はあっけなく散ってゆく。
思わず見入るリュリア。
パライは「陛下?」と声をかけようとしたその瞬間、リュリアは微笑んだ。
「……我が軍に欲しいわ。直々に遊んであげましょう」
リュリアは、フフフ、と思春期前の少女のように笑ってみせたのであった。