ep.1 私は魔界の女王ですので、人間の恋はわかりません
移動要塞「プリイ」
魔界のあらゆる砂漠、草原、山、湿地帯、湖、海、氷河を移動する城塞である。
プリイはあらゆる魔界の弱小国を蹂躙し、喰らい付くす。
その玉座に座る女性妖怪リュリア。
魔界三王の1人にして、唯一の女王。
ロングストレートの黒髪をなびかせ、黒色のカチューシャを着用し、黒色のゴシックスタイルのドレスを着こなす。
蝶をあしらった黒色を基調としたネイルを施し、ドレスのスカートから覗く細く白い脚は美しく、その白い脚を纏うように黒色のヒールを履いていた。
白い柔肌に黒い服。
そのコントラストが純真と退廃を表し、魔界における彼女の役割-選別と支配-を意味していた。
-強いものが弱いものを蹂躙する-
魔界の掟がそこにあった。
リュリアは軍師「パライ」を呼び出した。
呼び出されたパライが玉座の前に跪く。
リュリアはパライに尋ねる。
「ヴィユへの侵攻状況を報告なさい」
現在、移動要塞プリイは都市国家ヴィユへ侵攻中である。
力こそが正義。
魔界の理論がそこにあった。
パライはリュリアに「はっ!」と返事をする。
「すでにヴィユ周辺は女王陛下の軍が包囲し、兵糧は寸断しました。
城壁内では混乱が広がり、ヴィユ軍兵士の士気は低い状況です。もはや陥落は時間の問題です。」
「私はヴィユに情けをかけるつもりはないわ。総攻撃を開始しなさい。
……それでも、わかっているわね?」
「はっ!市民や捕虜への虐殺および略奪は決して行わぬよう厳命しております。」
城壁を固く閉ざしたヴィユであったが、女王リュリアの妖力をチャージしたプリイの主砲の前にあっけなく城壁は瓦解した。
その瞬間、プリイからリュリア軍の屈強な無数の妖怪たちが襲いかかってくる。
残念ながら、守備側のヴィユ軍はリュリア軍にくらべ兵士の数も質も大きく劣っていた。
リュリア軍の魔法攻撃部隊が、遠距離から瓦解した城壁の隙間を縫うように、城壁内部のヴィユ軍へ向けて一斉に爆裂呪文の詠唱を行う。
爆裂呪文による攻撃の後、槍兵が一気に雪崩れ込む。
一方的なこの戦闘はわずか1日で終結した。
翌日、パライからリュリアへ報告があった。
「ヴィユ、陥落しました」
ヴィユはもともと、魔界においては『薔薇の生産』で有名だ。
緑色の肌を持つ種族が育てたバラは、一種の催眠作用がある。
特に未熟な人間の心の隙間に忍び込み、まるで恋に落ちたかのような錯覚をもたらす。
ゆえに、妖怪たちが若い人間の女へアピールする際の道具として重宝されていた。
しかし、このバラは成長速度が遅いため生産量が限られている。
そのため魔界の闇市場では高値で売られている。
そこにリュリアは目をつけていた。
「人間の女はこの香りのどこがいいのかしら」
バラ農園にて、リュリアは肺いっぱいにバラの香りを吸ってみた。
芳醇なバラの香りは確かに美しいが、これで『恋におちる』とはなんと人間の女は安いのかしらと考えざるを得なかった。
リュリアが視察を終えてプリイに戻ると、パライが待ち構えていた。
リュリアはパライに「今回の戦争、よくやったわね」と褒めつつ、玉座に座った。
賛辞を受けたパライに、周りの妖怪たちは嫉妬の目をパライに向ける。
パライはまだまだ妖怪としては青二歳の75歳である。人間だったら天寿も近いが妖怪の感覚ではリュリアの側近ではなく、前衛に派遣される歩兵止まりのはずだ。
重用されている理由は一つ。リュリアはパライを男として愛しているからだ。
だが、魔界三王の一人である彼女本人は決してその感情を外に出すような言動はしていないつもりではある。
しかし周囲では、その想いはうすうす察せられていた。
「ーーパライ」
「はっ!」
「勝戦の褒美を取らせてあげるわ」
リュリアは玉座に座ったまま、懐に忍ばせていた小さな香水の瓶を取り出した。
「…ありがたき幸せ」
パライは頭を垂れ、リュリアから香水を受け取った。
「……その香水を嗅いでみて」
パライは自分のハンカチに香水を振りかけ、鼻にそっと近づけた。
「美しい香りでございます。
まるでリュリア陛下の気品が私を優しく甘美に包み込むようです」
リュリアはたまらず、恍惚とした笑顔を天井に向けた。
「いい子ね。」
そしてリュリアはゆっくりと玉座から立ち上がった。
「お疲れ様。明日からも私に尽くしなさい」
とだけ言い残し、王の間を退出したのだった。