第2話 逢えたらきっと
蝉が鳴いている。
胸の奥を焼くような、懐かしい音。
夕立の後の草花が、太陽を反射し輝く。
涙が出るほど綺麗な夢。
でも……そこには“誰か”が、確かに居たはずなのに。
♢♢
何かがおかしい。
いつもの夢なら、ここで終わっていた。
疑問に思いながらも、ゆっくりと瞼を開ける。
高い空。
木々のざわめき。
見上げた先に広がる景色は、見覚えが無い筈なのに、胸の奥が静かに疼いた。
(……続きが、あったの?)
思わず立ち上がった瞬間、地面の段差に足を取られて転ぶ。
「……痛っ……」
膝に擦り傷ができ、鋭い痛みが走った。
こんなふうに、痛みは残らない筈なのに。
それに、蝉の声がこんなにも近くて、風の匂いまで感じられる筈がない。
訳もわからず、座り込む。
絢子はふと、自分の両手を見下ろした。
小さな手──
まるで幼い頃に戻ったかのよう。
けれど、夢にしては体が重く、呼吸のたびに胸の奥が熱を帯びていた。
「どうして……こんなに鮮明なの……?」
そうつぶやいたそのとき、近くで枝の折れる音がした。
── 思わず息を呑む
茂みの向こうから影が差す。
恐ろしい“何か”が、こちらへ向かってくる。
足元の土が、かすかに震えた。
その直後──
草むらから、黒い影が跳ねるように飛び出してきた。
「── ッ!」
── 襲われる!
でも、それに反応する暇もなかった。
「伏せろ!」
鋭い声とともに、風が唸った。
木の枝を裂いて、一筋の光が影を貫く。
地面に倒れていた絢子の目の前で、黒いそれは短い悲鳴を上げ、霧のようにかき消えた。
「怪我は?」
光を背負って立つ人影。
現れたのは、まるで海外の絵本に出てくるような、銀の鎧を纏った中年の騎士だった。
白く輝く肩当てに、しっかりとした体格。
どこか柔らかな表情に、絢子は思わず見入った。
「……あっ!その……」
言葉が出ない。
けれど、彼は慌てることなくしゃがみ込み、そっと目線を合わせてくれた。
「どうやら膝をやってるな。歩けるか?」
「……ちょっと……痛くて……」
「そうか。なら、ここは君には少し危ない場所かもしれんな」
騎士はそっと、絢子を抱き上げた。
その瞬間、胸の奥が僅かに痛んだ。
(……どうして……?)
懐かしいような、けれど思い出せない痛み。
温もりだけが、胸の中に静かに広がっていく。
それでも今はただ、目を閉じて彼に身を任せるしかなかった。
◇◇
しばらくして。
森の奥からもうひとつの気配が現れる。
影のように静かに、青年が木々の間から姿を現した。
黒い外套に身を包み、金色の瞳が木漏れ日に淡く光る。
遠くに見える、騎士に抱きかかえられた少女の姿。
それを認めた瞬間、彼は息を呑んだように立ち尽くした。
まるで、確信と、疑いと、希望がないまぜになったような瞳で。
「まさか……」
もう誰に届くこともないその声は、風に溶けて消えた。
それでも彼は、それ以上近づこうとはしなかった。
ただ、ゆっくりと木々の奥へと姿を消していったのだった。
絢子さんの見た目は7歳ぐらいです(精神年齢は70歳)




