第10話 その姿を知る
木漏れ日の下──
館の裏手にある小さな広場。
ここなら、誰かに聞かれる心配も無い。
風が葉を揺らし、遠くの方で鳥の鳴き声が聞こえる。
ルーカスは、いつもと同じ外套を着ていた。
頭巾から見えるのは、鋭く光る金色の瞳だけ。
「君から返事が届いて、少し……驚いた。でも、嬉しかったよ」
彼はふっと目を細める。
その表情は、僅かに安堵の色を帯びていた。
言葉を探しながら、深く息を吐く。
「きちんと向き合いたいんです。貴方は一体誰?私とどんな関係があったの?」
「あまり……驚かないでくれると良いんだけど」
そう哀しげに笑い、外套を静かに脱いだ。
「──ッ!」
露わになった彼の全貌に、思わず言葉が詰まる。
月光を思わせるような、白銀の髪。
額から流れる髪の奥には、長く尖った耳が覗いていた。
その整った顔立ちには、どこか静謐な美しさが宿っている。
けれど、なぜか恐怖は感じなかった。
むしろ、どこか懐かしさすら覚える顔。
(リュシアさんに似ている)
── 人間とは異なる存在。
だが、その違いに怯むことはなかった。
「貴方も、リュシアさんと“同じ”なの?」
ルーカスは静かに頷いた。
「そうだよ。僕たちは森と共に生き、“はぐれた魂”を守り、導く存在。輪廻の流れから外れ、この森で彷徨う魂を、法王庁へと送り届けている」
「法王庁?」
「法王庁はこの世界の“理”を司る機関で、魂の記録や、輪廻の循環を保つ役割を担う。僕たちはその橋渡しのような存在なんだ」
「それなら、貴方はずっとあの森に?」
「ああ、森を守りながらね。そして、君の“命の終わり”にも気づいていた」
「私の……?」
「君が過去の姿に戻ったのも、偶然じゃない。君の魂が持つ“願い”に、僕が触れたんだ。それが、小さな魔法を産んでしまった」
そう言って、ルーカスは指をかざす。
淡い光の粒が彼の手に集まり、白い鳥の姿を形作っていく。
「この世界の魔法は、術者の“願い”が形になったもの。この鳥も、君の心に届くようにと僕が作ったんだ」
鳥は一度だけ羽ばたき、光だけを残して──
消えた。
「絢子……。あのとき、君の命は尽きる寸前だったんだ」
「えっ……」
「未練の無い魂は、生前の記憶を消されてしまう。だから、どうしても僕の知っている“絢子”に……もう一度だけ、会いたいと願ってしまった」
そう語る、ルーカスの声は少し震えていた。
「本当にごめん。僕は……君の意思を、無視してしまった」
思わず手を伸ばし、彼の真っ白な肌に流れる涙を……そっと拭う。
「正直、嬉しい話では無いわね。私なら選ばない選択だもの。でもね……どんなに願っても、私はもう過去には戻れない」
(そう、いまはただ)
「だから、いまの私は前を向くの。
たとえ、この先がどんなに辛くても、自分の選択を後悔したくない。これが私の“意思”なのよ」
ルーカスは驚いたように目を見開き──
けれど、どこか嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとう……。君にそう言ってもらえるなんて、思ってなかった」
その微笑みには、長い時の果てに辿り着いた安堵があった。
(たとえ遠回りでもいい。いまは全てを理解できなくても……少しずつ、この人を知っていこう)
「私と貴方にどんな“約束”があったの?」
ルーカスは深く息を吸う。
「分かった……。話そう」
木々がざわめく。
風がまたひとつ、記憶の扉を開いていくような気がした。




