第1話 名前と音が“夢”を連れてくる
窓をわずかに開けていたのを、忘れていた。
遠くから届く夕立の音が、畳の部屋に少し湿った匂いを運んでくる。
「こんばんはー!絢子さーん」
玄関のほうから、元気な女性の声が響いた。
人の出入りがほとんどないこの静かな家にも
時折、年寄りの私を気にかけて、丘の上まで来てくれる親切なご近所さんだ。
名前を呼ばれるたび、それが自分だと少し遅れて思い出す。
「絢子」という音は、夫を亡くしてからというもの、ずっと誰の口からも消えていたように思っていた。
♢♢
湯のみの茶は冷えきっていた。
テレビはつけたままだが、内容を覚えていない。
覚えているのは、窓の外の雨音だけ。
その音を聞くと、不思議と昔から決まって同じ夢を見ていた。
そのことを思い出したのは、いったい何年ぶりだろう。
ああ、また……
まぶたをそっと閉じる。
ゆっくりと吹いた風が、頬をなでていった。
私は、あの夢に帰れるだろうか ──
「絢子さーん? お邪魔しますよー」
襖の向こうから足音が近づく。
あの音を、また聞いた ──
けれど、もう。あの音に返す声は、二度と出せなかった。
新連載&なろう初心者です。
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