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第8話 「ココロとカラダの定期メンテナンス (後編)」


道真の言葉が胸に響いた斉藤明彦は、その夜から自分なりの「生活改善計画」を密かにスタートさせた。


とはいえ、長年染み付いた夜更かしの習慣は手強く、初日はオンラインゲームの誘惑を断ち切れず、結局いつもと変わらない時間に布団に入ることになった。


「やっぱダメか…」と自己嫌悪に陥りかけたが、ふと真の「あとは、お前がどうするかだ」という言葉を思い出し、「いや、まだ始まったばかりだ」と気を取り直した。


翌朝、寝不足の頭で登校すると、教室で橘凛に声をかけられた。


「斉藤君、おはよう。なんだか…眠そうだね」


「あ、ああ…ちょっと夜更かししちまって」


斉藤がバツが悪そうに言うと、凛は心配そうな顔をしながらも、小さく微笑んだ。


「私も、たまに読書に夢中になって夜更かししちゃうことあるよ。


でも、次の日ツラいよね。…もしよかったら、今日のお昼、私のお弁当のおかず、少し分けるよ。


母が栄養バランス考えて作ってくれてるから」


思いがけない凛の申し出に、斉藤は少し驚いたが、その自然な優しさが心に沁みた。


「え、いいのか? サンキュ、橘さん」


その日の昼休み、真が斉藤の隣にやってきて、いつもの調子で言った。


「よお、斉藤。昨日のスーパーカー、ちゃんとガソリン入れられたか?」


「う…いや、それが、ガス欠寸前で…」


斉藤が正直に答えると、真はニヤリと笑った。


「まあ、そんな日もあるって。いきなりフルモデルチェンジは無理だろ。まずはマイナーチェンジから、コツコツと、な。三日坊主もさ、十回繰り返せば一ヶ月坊主にはなるぜ? 意味ねえか、それじゃ」


真の冗談めかした励ましに、斉藤の気持ちも少し軽くなった。


それから数日、斉藤の一進一退の挑戦は続いた。


ゲームの時間を少し減らせた日、早く寝ようと思ったのに友人からのSNSの通知で目が冴えてしまった日。


それでも、彼は諦めなかった。


凛は、そんな斉藤の小さな変化を見逃さず、時折「今日は顔色いいね」「無理しないでね」と声をかけ、手作りのお菓子を差し入れたりもした。


真もまた、斉藤の努力を茶化すような素振りを見せながらも、「お、今日はエンジン音、ちょっと静かじゃん。アイドリングストップ機能でも搭載したか?」などと、彼なりの言葉で気にかけていた。


少しずつだが、斉藤の生活に変化が現れ始めた。


夜12時前には布団に入るよう心がけ、朝も以前より少し早く起きられるようになった。


コンビニ弁当ではなく、母親が作ってくれる弁当を持参する日も増えた。


すると、不思議なことに、日中の眠気が減り、授業にも集中できるようになってきた。


何より、朝起きた時の気だるさが以前とは比べ物にならないほど軽くなっていることに、斉藤自身が一番驚いていた。


そして、その変化はサッカーのプレーにも如実に現れた。練習中の動きにキレが戻り、以前のような集中力も持続するようになったのだ。


友人たちからも「最近、斉藤調子いいじゃん!」「なんか動き、軽くなったな!」と声をかけられるようになり、斉藤は照れながらも確かな手応えを感じていた。


ある日の練習後、斉藤は真に駆け寄って言った。


「道! なんかさ、最近メシがすげーうまいんだよ! それに、サッカーもなんか、体が思うように動くっていうか…」


目を輝かせて話す斉藤に、真は満足そうに頷いた。


「そりゃ良かったな。心と体が喜んでる証拠だぜ。ちゃんと自分の声、聞いてやったからだよ」


週末に行われたサッカー部の練習試合。


斉藤はスターティングメンバーとして出場し、水を得た魚のようにグラウンドを駆け回った。


鋭いドリブル、正確なパス、そして試合終盤には見事なゴールも決め、チームの勝利に大きく貢献したのだ。


以前の彼を知るチームメイトたちは、その復活ぶりに目を見張った。


試合後、汗だくのユニフォームのまま、斉藤は応援に来ていた真と凛の元へ駆け寄った。


「道! 橘さん! 見ててくれたか? 今日の俺、どうだったよ!」


その顔は、達成感と自信に満ち溢れていた。


「おう、最高だったぜ、斉藤! まさにスーパーカーの爆走だな!」真が親指を立てる。


凛も、心からの笑顔で言った。


「うん、すごくカッコよかったよ、斉藤君! 本当に、見違えるようだった」


「へへへ…サンキュな、二人とも! なんか、色々…本当にありがとう!」


斉藤は、少し照れながらも、二人に向けて深々と頭を下げた。


彼にとって、それは単なる生活改善以上の、自分自身を取り戻すための大きな一歩だったのだ。


教室には、以前にも増して明るい斉藤の笑い声が響くようになった。


彼が本来の輝きを取り戻したことで、クラス全体の雰囲気も一層朗らかになった気がした。


凛は、そんな斉藤の姿を喜びながら、改めて真の存在の大きさを感じていた。


彼の言葉は、人を強制するのではなく、その人自身が持つ力で立ち上がるための、そっと背中を押すような温かさがある。


そしてその根底にある「じっちゃんの知恵」とは、一体どれほど深いものなのだろうか、と。


テスト期間が近づき、教室では勉強の話題が増え始めた。


部活動でも、次の大会に向けて練習に熱が入る時期だ。


そんな中、目標に向かって努力しているはずなのに、なかなか成果が出ずに悩んだり、焦りを感じたりしている生徒の姿も、ちらほらと見受けられるようになっていた。


それは、また新たな「心のカギ」が試される時の訪れを予感させていた。


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