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第2話 「色メガネをはずしたら? (後編)」

翌日、教室に入ると、佐藤恵はまだ少し浮かない顔をしていたものの、昨日ほど思い詰めた様子はなかった。


時折、何かを決意したかのように唇を引き結び、またすぐに不安そうな表情に戻る。


道真の言葉が、彼女の中で小さな波紋を広げ続けているようだった。


橘凛は、そんな恵の姿を心配そうに見守りながらも、心のどこかで昨日の真の言葉を反芻していた。


(色メガネ、ね…確かに、思い込みで物事を見てしまうことはあるかもしれないけど…)


それでも、真のあの軽薄な態度で本質的なアドバイスができるとは、凛には到底信じられなかった。


昼休み、一人で弁当を広げようとしていた恵のところに、ひょこっと真が現れた。


手には購買で買ったらしいメロンパンが握られている。


「よお、佐藤さん。その後、例の色メガネの調子はどうよ?」


いつものように軽い口調だが、その目は悪戯っぽく笑いながらも恵の心を探るように細められている。


恵はビクッと顔を上げ、少しどもりながら答えた。


「あ、道君…ううん、まだ、早紀とは話せてなくて…」


「そっかー。まあ、無理強いはしねえけどさ」


真はメロンパンを一口かじると、もぐもぐしながら続けた。


「昨日言った『色メガネ』の話だけどさ、補足しとくとだな。頭の中で『きっとこうだ』『ああかもしれない』ってグルグル考えるの、あれ、結構エネルギー使う割に、大抵ロクな結論出ねえんだよな」


「え…?」


「だってさ、考えてることの材料って、全部自分の頭の中にある『思い込み』とか『不安』だったりするわけじゃん?それこねくり回しても、新しい事実は出てこねーって。だったらさ、まずはいったんそのグルグル思考をストップして、ありのままを見てみる、事実を確かめるのが一番手っ取り早い解決策だったりするんだぜ、これが」


真はそう言うと、「ま、頑張ってな!」と軽く手を振り、自分の席に戻っていった。


恵は、真の言葉をじっと聞いていた。


その表情は、先ほどよりも少しだけ吹っ切れたように見える。


(ありのままを、見る…事実を確かめる…)


恵は小さく呟くと、カバンからSNSを開いた。


そして、鈴木早紀のここ数日の投稿を、もう一度、今度は真に言われた「色メガネ」を外すように意識して見返してみた。


(『信じてたのに』…これは、もしかしたら私じゃなくて、ドラマの感想とか…?『もう疲れた』…これは、部活のことかもしれない…)


そう思い始めると、今まで自分への当てつけとしか思えなかった言葉たちが、少しずつ違う意味を帯びて見えてくるような気がした。


その日の放課後。恵は意を決して、部活動に向かう早紀を呼び止めた。


「さ、早紀ちゃん!」


早紀は驚いたように振り返ったが、その表情はやはりどこか硬い。


恵の心臓がドクンと大きく鳴る。


「あ、あのね…最近、なんだか早紀ちゃんが私を避けてるみたいに感じて…私、何か怒らせるようなこと、しちゃったかなって…」


勇気を振り絞ってそう言うと、早紀は目を丸くした。


そして、次の瞬間、困ったように眉を下げて言った。


「え…? 私が恵を避けてる…? うそ、全然そんなつもりじゃ…!」


「で、でも、SNSの投稿とか…目が合っても逸らされたり…」


恵がそう言うと、早紀は「ああ…」と何かに気づいたように声を漏らした。


「ご、ごめん! もしかして、私のSNSのことで心配させちゃった? あれね、実は最近、飼ってたペットの調子が悪くて…そのことでちょっとナーバスになってただけなの。『信じてたのに』っていうのも、動物病院の先生の言葉をちょっと疑っちゃった自分に対してだし、『疲れた』っていうのも、看病疲れのことだったんだ…」


早紀は申し訳なさそうに続けた。


「それに、目が合っても逸らしちゃったのは…恵になんて言っていいか分からなくて。心配かけたくないし、でも元気ないのも悟られたくないしって、変に意識しちゃってたのかも。本当にごめんね!」


早紀の言葉に、恵の目からみるみるうちに涙が溢れ出した。


それは、昨日までの不安や悲しみの涙ではなく、安堵と喜びの涙だった。


「そ、そうだったの…よかったぁ…!」


「もう、恵ったら、早とちりなんだから!」


二人は顔を見合わせ、そしてどちらからともなく笑い出した。


誤解は解け、いつもの親友同士の空気がそこには戻っていた。


その様子を、少し離れた廊下の窓から、真と凛は見ていた。


正確には、凛が恵たちの様子をハラハラしながら見守っていると、いつの間にか真が隣に立っていたのだ。


「ほらな、言ったろ? 色メガネ外しゃ、世界は案外クリアに見えるもんよ」


真は、まるで自分のことのように得意げにニヤリと笑った。


凛は、あっけなく問題が解決したことに驚きながらも、真の言葉が現実になったことに、複雑な気持ちを抱いていた。


「道君…あなた、どうしてあんなことが分かったの? まるで、最初からこうなるって分かってたみたいじゃない…」


素直な疑問が口をついて出た。


真は、少し遠くを見るような目をして、ぽりぽりと頭を掻いた。


「んー? 別に俺がスゴイわけじゃねーよ。昔、近所のじっちゃんがよく言ってたんだ。『物事はな、ありのままに見るのが一番難しい。だが、それこそが一番大事な心の持ちようじゃ』ってさ。俺のは、その受け売りみたいなもんよ」


「じっちゃん…?」


「そ。変わり者のじっちゃんでさ、よく分かんねー小難しいことばっか言ってたけど、たまーに、ああいう核心突いたことも言うんだよな」


そう言って笑う真の横顔を、凛は今度こそ、昨日までとは全く違う感情で見つめていた。


いつものふざけた道真とは違う、どこか達観したような、それでいて温かい何かが、彼の中にはあるのかもしれない。


(道君の、じっちゃん…)


その言葉が、なぜか凛の心に深く刻まれた。


「ま、一件落着ってことで! 俺、腹減ったからなんか買い食いして帰ろーっと!」


真はいつもの調子に戻ると、ひらひらと手を振って去っていく。


凛は、その背中をしばらく見送っていた。


胸の中に、今まで感じたことのない、ほんの少しの温かさと、そして大きな好奇心が芽生え始めているのを感じながら。


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