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第19話 「八つのカギと、開かれた扉 (前編)」


文化祭当日。


朝から降り注ぐ太陽の光が、2年B組の「体験型ミステリーカフェ」の看板をきらきらと照らし出していた。


オープンと同時に、噂を聞きつけた生徒や保護者たちが続々と詰めかけ、カフェは大盛況。遠藤航の的確な指示が飛び、吉田小百合が細やかな気配りでフロア全体をまとめ、相沢美緒は以前の輝きを取り戻した笑顔で接客し、中村健太は厨房で驚くほどの集中力でドリンクや軽食を用意していく。


受付では宮沢詩織がハキハキと客を案内し、影山瑠璃がデザインした雰囲気のあるポスターや小道具も、ミステリアスな世界観の演出に一役買っていた。


橘凛は、そんなクラスメイトたちの生き生きとした姿を、胸がいっぱいになるような思いで見守っていた。


数々の小さな衝突や悩みを乗り越え、クラスが一つにまとまってこの日を迎えられたこと。


その一つ一つの出来事が、まるでパズルのピースのように組み合わさって、今この瞬間の成功を生み出しているのだと感じられた。


道真は、いつものように飄々とした態度でカフェの隅の席に座り、時折手伝いをしながらも、どこか満足げにその光景を眺めている。


カフェの運営がピークを迎え、客の行列が廊下にまで伸び始めた昼過ぎ。


まさにその時、予期せぬトラブルが発生した。


ミステリーの謎を解く上で最も重要な手がかりとなるアンティーク調の小箱――影山が丹精込めて作ったもの――が、忽然と姿を消してしまったのだ。


次のグループの案内が迫る中、小箱がなければ物語は進まず、カフェの運営は完全にストップしてしまう。


「小箱がない!? さっきまでここにあったはずなのに!」


最初に気づいたのは、小道具係の生徒だった。


その声に、一瞬にしてカフェ内の空気が凍りつく。


焦りの色がスタッフたちの顔に広がり、客席からも「どうしたの?」「まだ入れないの?」と不満の声が漏れ聞こえ始めた。


「誰か見たか!?」


「どこに置いたんだよ!」


「まずい、次の回のお客さん、もう待ってるぞ!」


パニックと苛立ちが交錯し、ついさっきまでの高揚感は一気に吹き飛んでしまった。


一部の生徒は顔面蒼白になり、「もうダメだ…」「誰のせいだよ…」とネガティブな言葉が飛び交い始める。


文化祭最大の危機だった。


この絶体絶命の状況で、最初に動いたのは意外にも遠藤だった。


彼は一瞬カッとなりかけた表情をぐっとこらえ、大きく息を吸い込むと、声を張り上げた。


「みんな、まずは落ち着こう! 何が起きて、今何が一番問題なのか、正確に把握するぞ!」


その声には、以前のような強引さではなく、状況を冷静に見極めようとするリーダーの落ち着きがあった。


吉田もすぐに遠藤の意図を察し、パニックになりかけている生徒たちに優しく声をかけた。


「大丈夫、みんなで責任を押し付け合っても何も解決しないよ。どうすればこの状況を乗り越えられるか、まずは話し合おう」


一方、失恋の痛みを乗り越えた相沢は、自分の経験を重ねるように、動揺する後輩スタッフの肩を抱き、


「大丈夫、深呼吸して。こういう時こそ、今できることを見つけないと」と励ましていた。その目には、かつての弱さはなく、困難に立ち向かう強さが宿っている。


中村は、遠藤の指示を受け、持ち前の集中力で「小箱がなくても、お客さんを待たせない代替案はないか」と、カフェの進行表と睨めっこを始めた。


宮沢も諦めずに、「最後に小箱を見たのは誰?」「その時、周りに誰がいた?」と粘り強く情報を集め、紛失物を探すチームを編成した。


そして影山は、皆が騒いでいる中で一人静かに目を閉じ、何かを思い出そうとしていた。


彼女の繊細な観察眼が、何かを見つけ出そうとしているかのようだった。


凛は、それぞれの生徒が、これまでの経験や真の言葉を思い出すかのように、自発的に動き始めていることに気づき、胸が熱くなった。


彼女は、各グループの情報を集約し、混乱が広がらないように全体を調整しながら、心の中で真の言葉を反芻していた。


(失くしたもんばっか見ててもしょうがねえ。今あるもんで、どう最高のショーを見せるか、だろ?)そうだ、私たちはまだ諦めちゃいけない。


真は、その全ての様子を、腕を組んで静かに見守っていた。


彼の表情はいつものように読みにくいが、その瞳の奥には、生徒たちの成長を頼もしげに見つめる温かい光が灯っているように見えた。


彼は決して指示を出したり、解決策を教えたりはしない。


ただ、生徒たちが自分たちの力で、この困難な状況をどう切り抜けるのかを、じっと待っているかのようだった。


時間は刻一刻と過ぎていく。


小箱は見つからない。


お客さんの列はさらに長くなり、不満の声も大きくなりつつあった。


絶望的な空気が再びクラスを覆い始めようとした、その時――。


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